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<title>カフェ・グリンシュタイドル　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Cafe Griensteidl</title>
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<description>「カフェに来るのは、一人っきりになりたいときだ。一人っきりになるためには、人が集まる場所に身を置く必要がある。」　ｂｙアルフレート・ボルガー　　☆　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１９世紀、ウィーンのカフェは大いに賑わい、一般の人はもちろん、アーティストやミュージシャン、ジャーナリストなどの溜まり場でした。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　オープンテラスでシュトラウスがソプラノ歌手と午後のお茶を楽しみ、隅のテーブル席ではシュニッツラーが黙々とシナリオを書いている、かと思うと店の奥ではクリムトが自作にケチをつけた批評家にケーキを投げつけたり、、、といった光景が、日常繰り広げられたのです。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ここが、そんなかつてのウィーンのカフェのように様々な人が集まる場になればとおもいます。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ブラジルはりオ・デ・ジャネイロにオープンしたウィーン風カフェ。まずは、自慢のウィンナーコーヒーとザッハトルテをご賞味ください。☆☆</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Wed, 21 Mar 2007 18:39:55 +0900</pubDate>
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<title>春の祭典　　Le sacre du printemps</title>
<description>最近、「春の祭典」のことで頭がいっぱいです。「春の祭典」　Le sacre du printemps　The rite of spring とは、、、ストラヴィンスキーがバレエ・リュッス（ロシアバレエ団）のために書いたバレエ曲。バレエ・リュッス（ロシアバレエ団）というのは、20世紀初めのパリで一世を風靡したバレエ団のこと。バレエ・リュッスは、ディアギレフというロシアの貴族が、プローモーターになって立ち上げました。そして、「バレエ」というものについての既成概念（上品で、優雅で、、、etc etc）を吹き飛ばすような斬新でエネルギッシュな舞台芸術を作り上げ、旋風のようなブームを巻き起こしたのです。ストラヴィンスキーは、このバレエ団の創設当初から、曲作りを担当し、数々の名曲を作り出しています。その一つが、「火の鳥」。「火の鳥」は、音楽もすばらしいですが、バレエ・リュッスが作り上げた舞台も見事なものだったらしく、ものすごい興奮と感動を巻き起こしました。そんな実績を背景に、ストラヴィンスキーとバレエ・リュッスのコンビが、次に世に送り出したのが「春の祭典」。今でこそ、すっかり有名になり、曲の一部や、似たような旋律はＣＭやテレビ番組でも使われたりして、現代の私達には、耳慣れたものですが、しかし、「春の祭典」は、今から100年も昔の時代にしては、あまりにも前衛的な音楽と、音楽以上に斬新なバレエのために、パリのシャンゼリゼ劇場での初演は、大失敗に終わってしまいます。当日は、ものすごいブーイングの嵐に、耳をふさぎながら席を立って帰ってしまう人々、「やめろ」「騒音だ」と叫ぶ人、一方で少数のブラボーを叫ぶ人、客席は舞台そっちのけの騒ぎになり、「春の祭典」を評価する進歩派と、強烈な拒絶反応を示した保守派との間で殴り合いのけんかまで起きるほどの騒動になりました。革新的な芸術が生み出される時、新しい美意識に追い着いていない一般の人々との間でひと悶着がおきるのは、西欧の芸術の歴史の中で幾度も繰り返されたことですが、この「春の祭典」の初演というのは、とりわけ大きな騒ぎになった空前絶後のスキャンダラスな事件として有名です。そんな「春の祭典」の伝説的な初演のシーンを再現しているのが、今、劇場公開中の映画「シャネル＆ストラヴィンスキー」。映画は、１９１３年の「春の祭典」の初演の大騒動で始まります。初演のときの振付と演出、背景の絵、ダンサーのメイクや衣装までが再現されており、まさに必見！私は、この映画の冒頭の「春の祭典」初演の再現シーンだけが見たくて、再度映画館に足を運んでしまいました（また、今週末に行くかも。）「春の祭典」は、フランス語の原題だと「春の犠牲」なのですが、そのとおり、どこか大昔の雪深い北国で、春を到来させるために、純真な乙女を生贄（いけにえ）にささげる、、、そんなストーリーです。原始というか、野蛮というか、ストラヴィンスキーの音楽もまた、「春の祭典」のストーリーを見事に音であらわしたもので、荒々しく、野性的。曲は、まずファゴットの不思議な響きで始まります、、、始めて聴くんだけど、どこかで聴いたようなそのいいようのない響き。続いて、その音にホルンが静かに覆いかぶさります。そして、いきなり、弦楽器が力いっぱいギザギザのリズムを刻む。ざっざっざっという音の連続。サヤから引き抜いた刀を引っさげたサムライ達が全力疾走でこちらに向かってくるようなその音を聴いていると、なんというか、ざわざわと心の奥底に眠った本能のようなものを描き立てられる思いすらするのです。不協和音を大胆に使用し、時にたたきつけるような、時にきらめく光のようなリズムに彩られたストラヴィンスキーの音楽は、耳で聞くというよりは肉体に響く感じ。強いブランデーをストレートで飲み込んだ直後、酔いが回るときに一瞬くらっとなりますが、そんなめまいにも似た感覚を呼び起こす音楽です。聴いているだけで、自然に震えてくるような音楽、ある種「狂気」に近い音楽ですが、それにあわせて踊るダンスも、また、なんとも野性的かつ情熱的。今見ても、まったく古めかしさを感じさせないくらい、とんがった音楽とダンス。２０世紀はじめの紳士淑女が、びっくらこいたのも無理はないと思います。なんせ、それまで、ひたすら優雅さを追求するはずのものであったバレリーナたちが、ぴょンぴょん飛び跳ねた後、がにまたで着地し、おどりというよりは、ひたすら身を震わし、痙攣（けいれん）し続けるのですから。それだけじゃない。衣装やメイクを含む演出全体が息をのむほどにアグレッシブ。バレリーナたちは、三つあみをした少女の恰好で、『風の谷のナウシカ』とか『ゲド戦記』あたりに出てきそうな素朴な、かわいいと言ってもいいような民族衣装に身を包んで踊るのですが、そんなほのぼのした格好なのに、ダンスのほうは、驚くほど情熱的、かつ、挑発的なまでに斬新なのです。そのギャップがまた、、、こわいくらい。映画では、自分の踊りが、劇場をひっくり返すほどの騒ぎを巻き起こしているのを目の当たりにして、すっかり、おびえきっているバレリーナの娘の表情がクローズアップになります。でも、彼女はダンスをやめない。舞台の脇では、振り付けをしたニジンスキー※　が、怒鳴りつける！　※ちなみに、ニジンスキーは、空中浮遊したという逸話がある伝説的なバレエダンサーです。「もっと、跳べ！」「そうだ！もっと激しく痙攣（けいれん）しろ！」私は、すっかり心を奪われ、感動してしまいました。なんで、こうも激しく心を揺り動かされたのだろう？映画館からの帰り道、「春の祭典」の野獣の咆哮（ほうこう＝叫び声）のような音楽で、頭の中をいっぱいにしながら、私は自問自答しました。そして、ふと思い出したのが、村上龍のエッセイの中のことば、、、、『おまえは、ここにいて、こうしていなさい」みたいな自分を枠にはめようという何物かに対して戦うこと、それが、自分の創作活動の根っこにある、、、』（要約）ということばです。「春の祭典」は、春を呼び起こすために、大地に生贄（いけにえ）をささげる物語。ですが、呼び起こされるのは、大地ではない。それは、見る者、そして感じる者の心の奥底の何かを呼び起こすのです。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>music &amp; disc</category>
<pubDate>Sun, 14 Feb 2010 23:23:01 +0900</pubDate>

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<title>バレンタイン</title>
<description>2月14日が、なぜバレンタインデーと呼ばれるのか、よくしらないんですけど、2月14日を控えた今日、花金の夕方は、いつにもまして浮わついております。会社で、4つ義理チョコを頂きました（少なめかな？）チョコ好きの私にとっては、義理でも何でもうれしい限り。なんて、ぷわぷわした気分でいる時にかぎって、おっもーいメールが送られてきて、げんなりしておりますが、もーいい！週明けに片付けよう！さっさと残務を片づけて、とっとと飲みに参ります。それはさておき、「バレンタイン」と聞いて、思い出したのが、この絵　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　↓ウィリアム・ハント　「プロティウスからシルヴィアを救うヴァレンタイン」William Holman Hunt　　" Valentine Rescuing Sylvia from Proteus." 185119世紀の中ごろ、イギリスの画家たちが独自の流派を作りました。「ラファエル前派」　Pre-Raphaelite Brotherhood　といいます。16世紀のイタリアの偉大な画家、ラファエルの前の時代に戻ろう！、つまりは、古き良き時代に帰ろう！というムーブメント。ちょうどそのころ、狭い英仏海峡を隔てた海の向こう、フランスの一部の画家たちは「印象派」というムーブメントを起こして、絵画を一新しよう、絵の革命を起こそうとしていたのに、隣のイギリスでは、「革命」どころか全く逆の「むかしに帰ろう」運動が起こっていたというのは、よく考えると面白いと思います。印象派は、日本でも人気が高くて、有名な絵がたくさん描かれているのは誰もが知っている通り。一方、イギリスの「ラファエル前派」は、マイナーですね。そんな「ラファエル前派」ですが、実はユニークないい絵も多い。ゲイブリエル・ロセッティ　「プロセルピナ」Dante Gabriel Rossetti  " Proserpine "  1877　この絵はのモデルは、ロセッティの運命の女性だったようで。両人とも、それぞれ旦那に、奥さんがいながら、不倫関係にあったらしいです。この絵のモデルの憂いに満ちた表情は、そんなところから来るのでしょうか、、、。絵の題名「プロセルピナ」は、ギリシア神話に出てくる美女のこと。ペルセポネとも呼ばれます。ゼウスの娘である女神ペルセポネは、大地の下にある黄泉の国の王に誘拐されてしまいます。しかし、ヘルメス（エルメス）神が彼女を探し出し、ペルセポネは、黄泉の国から助け出されます。しかし、ペルセポネは、黄泉の国でザクロの実（ロセッティの絵で手に持っている果物）を6粒食べてしまっていました。そのため、彼女は、1年の内6カ月を天上で、残り6カ月を地下ですごすことになる。ペルセポネは咲き誇る花々と春の女神。こうして、彼女が地下で暮らす6ヶ月間は暗くて寒いが、のこり6カ月は暖かい季節になったというのがギリシア神話です。まだまだ、寒くて、今日の東京は小雪が舞いました。ペルセポネが天上に上る季節はまだ少し先ですね。ま、そんな寒くて暗い季節も、私は好きだけれど。クリスマスも、バレンタインもあるわけだから。では、みなさん、よい週末とバレンタインデーを！ｂｙらいおん</description>
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<category>fine art</category>
<pubDate>Fri, 12 Feb 2010 19:42:51 +0900</pubDate>

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<title>東京に雪が降る</title>
<description>東京に雪が降る朝から天気予報が、連呼していた「雪が降る」、「雪が降る」と。でも、まさか、ほんとに降るなんてしかも、あとからあとから、灰色の雲におおわれた低い空からふってきて、みるみるうちに、いたるところ雪にうもれてゆく（↑のイラストみたいに。　※イラストはエドモン・デュラックの「雪の女王」より）この雪は、まちがいなく、明日の朝まで残るだろうそして、東京は大騒ぎ！ころぶひと、スリップする車、止まる電車、、、なんだか、ちょっと小気味いい感じがする。そう、東京の人たちは雪をしらない。でも、私は、雪国のうまれだ。へんてこな優越感。そして、なんだか、うきうきとうれしい気持ち。いくつになっても、車の免許をとったあとでも、雪がふると、ちょっぴり楽しいきぶんになる。なんというか、世界が一新される期待感というか、、、そして、何度も、あきもせず、窓から外を眺めたりするのは、たぶん子供の頃からかわってないんだろうな。今も、カーテンを空け、窓を開けると、雪がずんずん降り積もっている。いくら見ても見飽きない。寒さも、あまりこたえない。それにしても、、、どうして、雪がたくさん降る夜は、こんなにも、しんと静まり返っているんだろう。まるで、世界中が、息を潜めて、何かを待っているみたいだ。そして、声を落として、秘密を打ち明けるかのように、次から次へと雪が降る。後から後から降り続く白い雪の一片（ひとひら）一片は、それぞれが、秘め事の一言一言。きっと、そこには、冬の秘密が書かれているに違いない。雪よ、もっと降れ！「冬はぼくの力だ！」そんな詩を呼んだ記憶がある。他人の言葉だけど、もう一度くりかえそう！「冬はわたしの力だ！」雪国に生まれたものは、体の奥底で、その意味を感じとるそう、雪国のひとは、いや人だけじゃなくて森の小鹿も野の草花も納屋に住み着く猫の母子も、寒い深い雪の下に埋もれて、じっと春を待つそうしていろんな夢をみるのだ。あたたかな季節が到来するまで、ひそかに力をたくわえながら。雪よ、もっと降れ！埋もれる雪が深ければ深いほど、耐え忍ぶ冬が厳しければ厳しいほど、それは、大きな喜びをもたらす。雪よ、もっと降れ！そう、世界を埋め尽くすまで！そうすれば、いずれ昇りゆく新しい陽の光によって、思いっきり、広げられたシルクのような雪の衣のいたるところに、銀の光が舞い、プラチナが輝くだろうから。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>essay</category>
<pubDate>Mon, 01 Feb 2010 23:52:32 +0900</pubDate>

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<title>あけおめ！</title>
<description>Prosit Neu Jahr !あけまして、おめでとうございます！新しい年が、すばらしい１年となりますように！しっかし、２０１０年とは。なんだか感慨深い。たしか８０年代の映画に「２０１０年」というのがあって、有名なキューブリックの「２００１年宇宙の旅」の続編なのだけれど、見ごたえのある、なかなかいい映画でした。映画では、２００１年には月面基地ができていて、地球との間にシャトル便が往復し、中継の宇宙ステーションにはヒルトンホテルまであったりします。現実には、とてもそこまではいってませんねー。映画２０１０年では、人類は、木星に2度目の有人宇宙船を飛ばすことになっているが、現実は、やっぱりまだまだフィクションには追いついていない。ただ、宇宙開発のあゆみは映画に負けてるけど、別の部分、たとえば、携帯とかネットとかの急速な進化と普及は、驚くべきものがあります。もうちょっと前に、メールとか、ネットとかあったら、人生が変わっていたろうなーそんな風に思うのは、多分私だけではないのでは、、、。それはさておき、去年１年、世の中は随分変わりました。政治も変わったし、経済はもっと大きく変わった。で、どうも悪いニュースばかりが多いような気もするけれど、だからってへこんでいてもしょうがない。あたらしい年も、ものすごい変化があるような気がします。「今、日本は、１００年に一度くらいの変化の時期にあるんじゃないか」、どこかの有名が学者がどこかの新聞で、そんなことを書いていたような、、、「そして、激動の時代に生きている人たちは、世の中の大きな動きがなかなか実感できない。　けれど、あとになって、ああ、あの時代は、世の中が大きく変わった時代だったな、、、と思うようになる」そんな感じの新聞記事だった。そういえば、新聞もアメリカあたりじゃ、読む人が激減して、つぶれそうな有名新聞社とか出始めてるらしい。ひょっとすると、２０１０年代で、新聞というメディアは社会から消えてしまうかも。それくらいの変化が、たぶん、これからどんどん起こる。そして、私達の生活も、ものすごい影響を受ける。で、そうした変化に着いてゆける人とそうでない人で、はっきりと差が出てくるんじゃないでしょうか？変わることは簡単じゃなくて、たぶん、かなりの痛みもあるように思うけれど、新しいものをどんどん吸収して、いい人生を作り上げていこう！私は、そんな風に思うのです。ｂｙ　らいおんまる</description>
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<category>essay</category>
<pubDate>Fri, 01 Jan 2010 00:00:00 +0900</pubDate>

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<title>恋人がサンタクロース</title>
<description>そういえば、恋人がサンタクロース、、、なんて曲がありました。というわけで、、、でもないけれど、、、吸い寄せられるように、釘づけになってしまいました。なんでも、ロンドンのデパートで、来場者を美人サンタがお出迎えするサービスをやってるんだとか。間違っても、子供を連れては行けませんね。パパのこんな姿は、教育上、よくない（たぶん）。でも、さいきんは、ませガキが多いから、、、。悪ノリついでに、こんなステキなサンタクロース、じゃない　サンタガールズも。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　↓　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　↑　この写真を見て連想したのが、聖書に出てくる 『 東方3博士の礼拝（らいはい）　』 のエピソード。エジプトから避難する途中、シナイ半島の荒野で聖母マリアが産気づき、幼子イエス・キリストが誕生します。そのとき、突然、天に新しい星が輝きだした。これを見て救世主の生誕を知った東方の3人の博士たち（Ｍａｇｉ）が、イエスの眠る厩（うまや）を訪れ、様々な贈り物をして主の誕生を祝った、というお話。ルーベンス作　「東方3博士の礼拝」と、聖なる物語に思いを馳せつつ、ふらちな画像を見て喜んだりしてますが、そもそも、東方３博士は Magi （マギ） と言って、「博士」というより「魔術師 (Ｍａｇｉｃｉａｎ）」がニュアンス的には正しいとおもう。「3人の魔術師」というタイトルなら、3人のかわいい女の子の写真でもおかしくはない、、、かな？んなことを、考えつつ、、、さて、クリスマスですよ☆ｂｙ　らいおんまる</description>
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<category>essay</category>
<pubDate>Tue, 22 Dec 2009 16:47:06 +0900</pubDate>

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<title>ねぎや</title>
<description>ねぎや　の　味噌煮込みうどん寒いです。東京は雪こそ降ってませんが、身に染みる寒さ。こんな日には、あったかいものが一番。というわけで、お気に入りのうどん屋「ねぎ屋」に。一番のお気に入りは、「味噌煮込みうどん」です。これに「ねぎじゃこ飯」をつけて。ぐつぐつ煮たやつをほうばります。蓋を開けると、白い湯気がほわりと立ち上り、濃厚な味噌のうどん汁がぐつぐつと煮立っています。まず、うどんをかき上げ、一口。うん、この味！次に、煮られて、しなりとなった白菜。これがまた、なんとも。そしてまた、つるりとのどに流し込むうどんの、なんとも味わい深いこと。ときどき豚肉のジューシーな塊が、いいインパクトをつけてくれます。※焼酎ずらり　いいねぇ食べ初めて、しばらくすると、すっかり体があったまり、だいたいにおいて熱がりの私は、つい先刻まで寒さに凍えていたというのに、体がほてって、額にうっすら汗がにじむほどになります。さて、お次は、割れないよう慎重に隅にのけておいた、卵。味噌のお汁に舌鼓を打ち、ときどき、ねぎじゃ飯をかき込んで、うーん、マンゾク。白菜のうまみがたっぷりしみだして、とろとろになった味噌のうどん汁とねぎの薬味。そして、つるつるのうどんののど越し。うまみとあったかさを、たっぷり頂いたのでした。ごちそうさま！きょうも、おいしく頂きました。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>cuisine</category>
<pubDate>Sun, 20 Dec 2009 20:58:13 +0900</pubDate>

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<title>表参道のイルミネーションが復活！</title>
<description>表参道のイルミネーションが復活！11年ぶりだそうです。表参道のイルミネーションが復活しました！やっぱり、こうじゃなきゃぁ！と心から思います。この10年くらい日本がぱっとしなかったのは、表参道のイルミネーションの灯が消えたからではないか？本気でそう思ってました。昨年10月のリーマンショック以来、すっかり冷えきってしまった日本経済ですが、光の戻った表参道と同じく、再び光輝くようになって欲しいモンです。しっかし、こんな風に美しくイルミネートされた道をみると、また、ほしくなるなぁ、、、前乗ってたオープンカー。真冬のさなかに、ホロを上げて雪道を走ったこともありますが、そんな風にしても運転席と助手席は、意外にも寒くない。（もちろん、あったかい帽子に、革の手袋、レザーのジャケットかコートを着てることが条件だけど）がんがんヒーターをかけてますから。そんな車の乗り方は、エコの時代には逆行してるし、ガソリンがこんなにも値上がりした今の時代の流儀じゃないのはたしか。でも、年に一回くらいそんな日があったっていい。窮屈な人生に潤いを与えるのは、そんなちょっとした逸脱なのだ。イルミネーションに照らされた表参道を歩きながら、そんなことも考えた。たぶん、こうしたイルミネーションそのものが、ちょっとした逸脱だからだろう。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>photographs</category>
<pubDate>Sun, 13 Dec 2009 19:50:15 +0900</pubDate>

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<title>リュミエールの子供達</title>
<description>リュミエールの子供達　　Ｌｅs Enfants des Lumiere（サウンドトラック）今から、114年前。フランスはリヨンのある工場の入り口。大きな三脚を構えて、工場から出てくる女工さんたちを見つめる2人の紳士がいました。三脚の上には、見慣れない不恰好な箱のようなものが載っています。箱の正面には、まるいレンズが付いていて、ちょっとみると馬鹿でかい写真機のよう。2人の紳士、彼らはリュミエール兄弟という写真技師でした。そして、彼らが大切そうに扱っている不恰好な機械こそ、歴史上始めて動く映像を撮影した史上初のムービーカメラだったのです。このとき、彼らが撮影したフィルムは、何のへんてつもない、ただ、仕事がおわった工場の女工さんたちが工場を出て家に帰ってゆく、その様子を写した短いものでしたが、史上初の「映画」としての栄誉に輝いています。リュミエール兄弟が生みだした「映画」その後、映画は、見る見るうちに人々を魅了し、またたく間に世界に広がってゆく。映画に笑い、映画に泣き、映画に人生を変えられた人だっている。映画を作る人も、映画を見る人も、みんな映画で育ってきた。－　そう、私達は、誰もが、リュミエールの子供達だ　－そんなステキなセリフで始まるのが、フランス映画誕生100年を記念して作られた映画『リュミエールの子供達』。フランス映画の名シーンを、「スペクタル」「特撮」「愛」「コメディ」「歴史」などのテーマ別にひたすらつないでゆく、いわばオムニバス映画。こういう映画って、ともすれば、学校の教材みたいでつまらないものですが、『リュミエールの子供達』は別格。十分に楽しめるつくりになっています。誰もが知ってるクロード・ルルーシュの「男と女」のワンカットや、ゴダールの「勝手にしやがれ」からシャンゼリゼで女の子がＮＹヘラルド・トリビューンを売り歩いているシーン、それに、もっと見てみたいけど、日本ではちょっと見られないだろうと思われる古いモノクロ映画のワンシーンとかがあって、私は、何度くりかえしてみたことか分かりません（ＴＶで放映されたときの録画ビデオを擦り切れるほど見たのです）。フランス映画界の名監督達が協力してつくったもののようですが、そのせいか、単にいろんな映画のシーンをつないでゆくだけでも、編集とか構成とか見せ方がうまいんですよね。飽きさせず、それどころか、どんどん画面に引き込まれてゆきます。そうした映画全体の流れのうまさに加えて、この映画を魅力あるものにしているもの、それが、ミシェル・ルグラン作曲のＢＧＭです。はじめに紹介したサウンドトラックに収録されているのがそれ。実は、このサントラＣＤ自体も、いまとなっては、幻のＣＤとなっています。超レア物のこのＣＤ。私は、映画『リュミエールの子供達』が日本公開された1995年頃に、大阪は心斎橋のタワーレコードで、そのＣＤを手に取り、そのときには買わずに去ってしまったのでした。それから、実に12年。映画のサウンドトラックって、その映画がよほどメジャーにならない限り、あっという間に消えてしまうんですよね。もともと、そんなにたくさんプレスするわけでもないし。なので、超お宝ＣＤになるものもある。『リュミールの子供達』も、わたしにとっては、ものすごいお宝。なぜ、あのとき、買わなかったのだろうとずっと後悔しつづけ、、、タワーレコードに行くたびに、必ずサントラコーナーに立ち寄っては、“　Ｌ　”　のコーナーを探し、、、そんな風にしつつ長い年月が流れました。そして、ついに、アマゾンで未開封の『リュミエールの子供達』のサントラを見つけることができ、やっと、今日手に入れたのです。手にとって、ジーンと感動してしまいました。もちろん、中の音楽の、冴え渡るような響きにも。たかが映画、たかがサントラＣＤですけれど、こんなにも心が震えるなんて、、、。音楽がすばらしいだけじゃない、音楽が遠い記憶からひきだしてくれる昔見た映画の感動、その映画を見た頃の自分自身。それらすべてを想い起こさせるからだと思います。昔の映画評論家のセリフじゃないけれど、映画って、ほんとにいいですよね！だって、私達は、リュミエールの子供たちですから！ｂｙ　らいおん</description>
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<category>music &amp; disc</category>
<pubDate>Fri, 04 Dec 2009 23:03:12 +0900</pubDate>

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<title>ラウラ・パウジーニ</title>
<description>昨日の晴天はどこへやら今日の東京は、霧雨の一日ものすごく寒いので、家にこもりきりの私は、たまりにたまったＣＤの整理などしておりました。で、ふとなつくかしくなって聴いたのがこれ、ラウラ・パウジーニのアルバム " Le Cose Che Vivi "ラウラ・パウジーニはイタリアのポップ・シンガー（なんか、古臭いな、この表現）です。このアルバムは１０年以上昔のものですが、ラウラ・パウジーニはまだまだ歌い続けているようで。きちんとした歌唱力があるからでしょうね。紹介したアルバムでも、しっかりした歌いっぷりで、ポップス全開という感じの歌をたっぷり聴かせてくれます。日本ではマイナーなラウラ・パウジーニ。Ｊ－ポップだとだれに相当するでしょうね。うただひかるでしょうか？いや、ミーシャが近いかも。you tube あたりでＵＰされているラウラ・パウジーニの歌を聴いてもらいたいもんですが、中途半端なレゲエやヒップホップのためにすっかり荒廃してしまった日本のミュージック・シーンにおいて今や珍しいオーソドックスなポップ・ミュージック。それが、ラウラ・パウジーニの歌う歌なのです。そういえば、今から、ちょうど１０年前くらい前、ＮＨＫのイタリア語講座が異様な盛り上がりで、一部の視聴者に熱狂的に支持されていました。すっかりお茶の間に顔の売れたジローラモ・パンツェッタも、ＮＨＫイタリア語講座がＴＶデビュー（のはず）。そして、寿引退したにもかかわらず、いまだにコアなファンから熱い視線を送られている山口もえも、この伝説的なＮＨＫイタリア語講座でブレイクしたのです（たしか、私の記憶では）。その後もＮＨＫイタリア語講座は、大胆にも土屋アンナを起用して視聴者の度肝を抜く（土屋アンナの、まるでやる気のないようにも見えるぶっきらぼうな受け答えは、今思い返してもショッキングです）など、当時のＴＶ番組の中で、もっとも実験精神に富んだシリーズでした。そのＮＨＫイタリア語講座は、毎回、最後にイタリアン・ポップスの紹介で終わるのですが、ラウラ・パウジーニのこのアルバムに入っている Incancellabile（忘れられなくて） や Mondo Che Vorrei（理想の世界）もそうして、日本に紹介されたのです。ところで、ラウラ・パウジーニは、イタリアだけでなく、スペインそして、スペイン語が公用語のラテン・アメリカ諸国でも人気があって、よく知られているようです。ラウラ・パウジーニはＣＤをだすとき、いつもネイティブのイタリア語だけでなく、スペイン語バージョンのディスクも吹き込んでいるので、スペイン語を話す国々でも、ラウラの歌は、普通に浸透しているようです。スペイン語はイタリア語の方言みたいなものといいますから、歌いやすいんでしょうか？（したたかなマーケティング戦略の結果かもしれないけど、、、。そりゃあ、人口数千万のイタリアだけで売れるより、外国でも売れたほうがもうかる）でも、ラウラ・パウジーニの歌が、本国イタリアだけでない世界中の大勢の人々に愛されている理由は、なにより、声をはりさけんばかりにして絶唱する彼女の歌の力（さすがオペラの国の生まれです）、それと、その歌が運ぶメッセージにあるのだと思います。たとえば、、、Mondo Che Vorrei　（理想の世界）「今まで、何度も思いをめぐらしてきた　　Quante volte ci ho pensato su, この世界は崩壊しつつあって、　　il mio mondo sta cadendo giu狂気と偽善にまみれていると　　dentro un mare pieno di follie, ipocrisie.今まで、何度も望んだこと　　Qante volte avrei voluto anch'io自分が生きている世界を助けたいと　　aiutare questo mondo mio,苦しんでいる人たちのためにも　　per tutti quelli che stanno soffrendo come te.わたしの理想の世界は　　il mondo che vorrei あたたかい心を持つ人がたくさんいて　　averbbe mille cuori,愛にみちあふれている　　per battere di piu avrebbe mille amori.わたしの理想の世界は　　il mondo che vorrei未来の子供達に差し伸べる手と　　avrebbe mille mani思いやりにあふれている　　e mille braccia per i bimbi del domani,助けを訴える彼らの眼　　che coi loro occhi chiedono di piu みんなで彼らを救おう　　salvali anche tu.同じ太陽のもとに生きているなら　　per chi crede nello stesso sole民族も肌の色も関係ない　　non c'e razza non c'e  mai colore信じる神様がちがっていても　　perche il cuore di chi ha un altro Dioみんな同じ心をもっている　　e uguale al mio.笑顔を願って　　Per che spera ancora in un sorriso,明日に期待を寄せる人たちがいる　　perche il suo domani l'ha deciso明日はすばらしい日であると信じている　ed e convinto che il suo domani e insieme a te.（中略）どうして、手をこまねいていられるのか　　Come si fa a rimanere qui, 成長することもやっとの子供達に　　immobili cosi無関心でいることができるのか　　indefferenti ormai耳を傾けるだけでなく　　a tutti bimbi che　non cresceranno mai変えてゆく努力をしよう　　ma dhe senso ha ascoltare e non cambiareこの世界が願っているのは平和　　Regaliamo al mondo quella paceそれが私の理想の世界　　che non puo aspettare piu　nel mondo che vorrei uh uh uh私の理想の世界では　　nel mondo che vorreiだれもが思いやりをもっている　　avremo tutti un cuore.私の理想の世界は　　il mondo che vorrei愛という名を持つ　　si chiamerebbe amore.この手をにぎりしめて　　stringi forte le mie mani                            わたしの理想の世界を信じて　　e sentirai il mondo che voerrei                  私の理想の世界を　　uh uh uh il mondo che vorrei 　」                                  この歌詞を読んでいて想い出したのが、ローマの街角。日本では想像もつきませんが、イタリアにはジプシーという被差別民がいて、郊外にスラムを形成している。ローマの街角で、ジプシーの子供達が物乞いをしたり、かっぱらいをしているのです。それに、アフリカのソマリアやエリトリアあたりからの難民と思われるアフリカ系の人々も結構目に付きます。一見、華やかなイタリア社会には、深刻な人種差別や、それに根ざす絶望的な貧困があるようです。そんな過酷な現実が、ラウラの歌 Mondo Che Vorrei を生んだのでしょう。細かい冷たい雨が降り続いています。窓から、雨の日曜の夜の、明かりもまばらな夜景を見ながら、そんなことを思いました。ｂｙらいおん </description>
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<category>music &amp; disc</category>
<pubDate>Sun, 22 Nov 2009 22:23:07 +0900</pubDate>

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<title>カフェ・ラントマン</title>
<description>ウィーンのカフェの老舗（しにせ）カフェ・ラントマンの青山店にいってきました。個性的な建物の立ち並ぶ青山通りでも、ひときわ印象的な外観のショッピングモールＡＯの４階です。カフェ・ラントマンは、カフェ・グリンシュタイドルにも並ぶウィーンのカフェの名門カフェ。ウィーンの本店は、1873年の創業。日本では明治維新のころですね。派手さはないけど、中欧の古都ウィーンらしさを感じさせるエレガントで落ち着いた店内ふっくらと座り心地のよいソファーに座って、ゆっくり濃いめのコーヒーを飲む。いいもんです。テラス席から見える景色もなかなかのもので、、、。ドリンクもフードも、ちょっと高めですが、この景色の代金含むと考えれば、こんなもんかも。上の写真の右手の奥に見えているが、表参道のパラシオタワー。１階にＧＵＣＣＩが入っている豪華な感じのビルね。カフェ・ラントマンが位置するＡＯから、表参道まではすぐそこの距離。ウィンドーショッピングの後になど、ちょっと一休みにカフェ・ラントマンはちょうどいいと思います。表参道には、いい喫茶店がなくなってしまったし、、、１０年前、今のようなブランドショップ花盛りになるまえの表参道には、いいカフェが何件かあって、それがまた、表参道という街の魅力だったんですよね。今のＴＯＤ’Ｓのビルが建っている場所には、パリの有名な「カフェ・フロール」があって、そこでカフェオレを注文すると、パリ風の入れ方（と私は思いこんでいる）をしてくれたものです。つまり、ブラックコーヒーとホットミルクを別々のポットに入れて持ってきて、両手に持ったポットを同時に傾け、ひとつのコーヒーカップに入れてくれる。ちょっとした名人芸です。初めて、この店で、そんな風にいれてくれたカフェオレを飲んだ時は、すっかり感動してしまいました。ほかにも、、、今シャネルのビルが立っている近くには、イタリアのカフェ（バール）が店を構えていて、中に入ると、「ここはどこ？」ってくらいイタリア人ばっかりでした。太っちょで笑顔の素敵なオーナーがいて、大きな声で「ボナ・セーラ！（こんばんわ！）」と呼びかけてくれたり、いかにもイタリアンなノリで、店のボーイさんたち（日本人にイタリア人？半々くらいだったけな）もめっさ明るくて、ひとなつこくて、おしゃべり好きで、ローマかミラノのバールがそうであるように、表参道でも、店のあちらこちらで、コーヒーを立ち飲みしながら、わいわいがやがや実にいい感じでした。週末の夜とかは、サッカーの映像を流したりして、先ほどのカフェ・フロールとはまた違った味わい。そんな個性的な名店も表参道ヒルズのオープンに前後した再開発ラッシュのなかで、消えてゆきます。どんなに背伸びしても、コーヒー1杯が1000円というわけにはいかんでしょう。だから、表参道みたいな地価と賃料の高い場所では、喫茶店は、それが良心的な店であればある程、消えてゆかざるをえない。でも、くつろぎやちょっとした社交の場を提供してくれるカフェもないような街は、どんなに華やかなブランドショップが立ち並ぼうと、街としては失格なんじゃないか？昔、表参道にあった都会のオアシスのようなカフェを懐かしく想うのは、私だけではないでしょう。カフェ・ラントマン、いつまでも続いてほしいと心から思います。せいぜい応援しなきゃね。ｂｙ　らいおんまる</description>
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<category>cuisine</category>
<pubDate>Thu, 19 Nov 2009 21:30:25 +0900</pubDate>

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<title>ハプスブルク展</title>
<description>ＴＨＥハプスブルク展東京六本木の新国立美術館で開催中いってきました。名品ぞろい、見所の多い展覧会です。しかし！ものすごい人ごみなのだ、、、。まさに長蛇の列の中でも、年末の大売出しのようにごった返しているのが第１室ハプスブルクの君主たちの肖像画これは名君と称えられる女帝マリア・テレジアの少女時代の肖像マリア・テレジアは、かのマリー・アントワネットのお母さんです。だけあって、かわいいというか、ほんとに綺麗だよね。ところが、マリア・テレジアの100～200年くらいまえの「ハプスブルク家」の先祖たちの肖像を見ると、歴史上名高い「突き出した下唇」が有名。シャクレ顔というか、、、あんまり、美男美人とはいえません。しかも、近親結婚が多かったせいか、この「ハプスブルク・リップ」（ハプスブルクの唇）が何世代にもわたって遺伝します。肖像画を見ただけで、すぐ、姻戚関係が分かるほど。この展覧会では、ハプスブルク・リップがよくわかる肖像画はきてませんが、フェリペ2世の等身大甲冑（かっちゅう＝よろい）の展示、肝心の銀の鎧（よろい）のほうではなく、フェリペ2世の顔を見ると、この突き出した下唇を見ることができます。輝く白銀の鎧は立派ですが、ご面相のほうはといえば、、、ぱっとしないね。でも、特徴的な「ハプスブルク・リップ」（突き出した唇）も、マリア・テレジアの頃にはすっかり跡形も消えうせたようで、、、。女の子にはよかった。ま、幾世代にもわたって、美人どころを嫁にもらって血を磨いたんでしょうね。そんなハプスブルクに嫁いだ美人中の美人さんが、このひと、オーストリア・ハンガリー帝国の事実上最後の皇帝フランツ・ヨーゼフの后（きさき）、エリザベート、愛称シシィです。シシィは、バイエルンのヴィテルスバッハ家から嫁ぎました（美青年君主ルードヴィヒ２世と同じ一族のいとこ同士。この王家は美系の家系のようです）。このシシィの有名な肖像画も会場に来ています。思っていたよりもずっと大きな絵で、それがそこにあるだけで、その場の空気を変えるというか、、、やっぱり本物をリアルに見ると違うね、、、しっかし、ヨーロッパ宮廷一の美貌をこの目で見れるなんて、、、めったにない機会だと思います。これら王族の肖像画のほかにも、展覧会には名品がいっぱい。「ベラスケスもデューラーもルーベンスも、みんな、我が家の宮廷画家でした」というのは、この展覧会のキャッチ。うまい！たしかにべラスケス、デューラー、ルーベンス、美術史にキラ星のように輝くグレート・アーティストの作品が一同にそろうなんて、そうはない。よっし、もう一度いくことにしよう！こんどは、すいてる平日にでも。ｂｙらいおんまる</description>
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<category>art &amp; novel</category>
<pubDate>Sun, 08 Nov 2009 14:56:59 +0900</pubDate>

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<title>なんてすばらしい、、、</title>
<description>夏の夕べ今日の東京は、ひさしぶりにからりと晴れて夏らしい一日でした。数日前のあの狂ったような蒸し暑さもなく、すごしやすい、気持ちいい一日空気も澄み渡っていて、窓から見える景色がくっきりあざやかに目に映りました。そして、夏の夕べ見事な夕焼け西の空は、輝くオレンジ色から、燃えるような火の色、やがて紫と青の微妙な配色に変わり、、、西の低空に雲が少したなびいていて、その下の方が赤く夕焼けに染まっている、、、まさに、自然が描く一瞬のアートです。デジカメをとろうとおもったけど、、、あまりに心地よい夏の夕べ、お酒をだしたり、グラス片手にバルコニーで、ここちよいそよ風を感じていたり、ＣＤを選んでいたりするうち、、、あっという間に空の色が変わっていって、そして、気がつくと、星が瞬きはじめ、もう夜景です。お盆休みのためか、夜景のネオンもいつもよりぐんとおとなしく、気のせいか、いつもは、遠く漣（さざなみ）のように聞こえる都会の雑踏も控えめです。頬にあたる微風が心地よい、素晴らしい夏の夕べいろいろ嫌なことや悩みも多いですが、今日の、このひとときばかりは、本当に世界は美しい、なんて、人生はすばらしいのだろう！と心から思います。むかし読んだペルシアの詩人オマー・ハイヤームの『ルバイヤット』（Rubaiyat of Omar Khayyam）の一説をふと思い出しました。「月の光に夜は衣の裾をからげた。 　酒をのむにまさるたのしい瞬間があろうか？ 　たのしもう！何を悔いることがあろう？いつの日か月の光は 　墓場の石を一つずつ照らすだろうさ。」「われらが来たり行ったりするこの世の中、　それはおしまいもなし、はじめもなかった。　答えようとて誰にはっきり答えられよう──　　われらはどこから来てどこへ行くのやら？」「バグダードでも、バルクでも、命はつきる。　酒が甘かろうと、苦かろうと、盃は満ちる。　たのしむがいい、おれと君が立ちさってからも、　月は無限に朔望(さくぼう)をかけめぐる!　」※ルバイヤート詩集の挿絵（19世紀の挿絵画家エドマン・デュラックの名品です）ふいに手に取って読みたくなる、、、そんな本がありますが、ルバイヤートは、わたしにとってのそんな一冊。そして、このすばらしい夕べに聴いた音楽は、、、リムスキー・コルサコフ　「シェエラザード組曲」シェエラザードというのは、ペルシアの王妃毎夜、新たに娶（めと）った自分の妻を一晩空けた翌朝には殺したという王から命を守るため、シェエラザードは、毎晩、王に面白おかしい話を聞かせる、、、それが、千と一夜に及んで、、、そう、アラビアンナイトをイメージして書かれた名曲です。とくに3曲目の「若い王子と王女」音楽の中に、砂漠を渡る風を聴くことが出来ます。もう1枚。エミー・クレア・バーロウの「the very thought of you」（あ、このＣＤは、前も紹介しましたね）とくに12曲目のso many stars は最高！今晩のような静かな夜にはぴったりの曲です。そして、飲んだのは、いつものカールスバーグコロナビールそしてカルヴァドスちょっと飲みすぎかな、、、。でも、いいですよね、だって、あまりにすばらしい夕べだったのですから！ｂｙ　らいおん</description>
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<category>essay</category>
<pubDate>Sat, 15 Aug 2009 21:04:09 +0900</pubDate>

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<title>薪能　たきぎのう</title>
<description>なんだか雨ばかり降って、ぜんぜん夏を感じない今年の夏ですが、、、今日の東京は久しぶりに晴れ渡りました。休みに入ったので、のんびりしてます。今日はわりとジメジメしてなくて、いい風も吹き抜けてました。夜になり、少し雲ってきましたが、明日もいい天気だといいな。明日の夜、都庁広場で開催される東京大薪能（たきぎのう）を見に行くので。お能を見るのは、１０年ぶりかな。いいモンです。たまには。何いってるやら、さっぱりわかりませんが、、、。雰囲気で酔うね。あと、ポンポンって、鼓（つづみ）の音と、コーラスの掛け合いなんかも面白いと思う。でも、何言ってるやら、、、やっぱり分かりません。歌舞伎座で歌舞伎を見たときは、まだ、言ってることが分かった。でも、歌舞伎は最低だと思いました。（ま、『たまたま見たのが』という限定つきで。あと、一緒に見に行った女もぱっとしなかった、、、それは余計か）そのとき、見た演目は、忠臣蔵の一場面。一幕のみ。なんでも、忠臣蔵という歌舞伎は、幾夜にもわたる、ながーい演目なのだそうな。そして、討ち入りの場面がクライマックスの夜の出し物なわけだ。たまたま見た夜は、大石くらのすけ（歌舞伎では、たしか『大星ゆらのすけ』だっけな？）が、本当はあだ討ちの決意をしてるんだけど、当局の監視の目をごまかすために、あえて遊びほうけているシーン。エンノスケだっかか、コウシロウだったかは、すっかり忘れちったけど、当時はやっていた流行語とかセリフに取り入れて、ま、伝統の中にも『現在（いま）』を取り入れようとする気持ちは偉い！とも思うけど、そんな中途半端なこたぁ、やめたほうがいいんじゃないか？笑う場面だったらしく、通は笑ってたけど、ちっとも面白くなかった。中途半端に、今の流行（はやり）なんか入れたって白けるだけだよ。落語をみなさい！この21世紀に、堂々と、「えー、長屋のご隠居が、、、」なんて恥ずかしげもなくしゃべくってる。馬鹿だと思うが、そんな古典落語は、確かにおもしろい。「えー、マンションの管理組合長さんが、、、」なんてやらかした日にゃ、目も当てられない。どころか、こっぱずかしくて、聴いてる方が赤面ものだ。それとおんなじことを、以前見に行った歌舞伎は、やっていたのだ。ぜんぜん意味のわからん能のほうがよっぽどいいよ。音楽を聴くように、言葉の響きを聴ける。動きが実に地味だけど、あの舞だって、見ようによっちゃあ、ありゃぁ、バレエだ。衣装も見事。光の加減で表情を変える能面の凄み（すごみ）も見所。というわけで、やっぱり、伝統は伝統に徹するべきで、中途半端に現代風にアレンジなんかすべきじゃない！それに、あのがらんどうの舞台はどうだ！バルトっていう、ちょっと前のフランスの哲学者は、脳天にパンチをくらったくらいにショックを受けたらしいよ。あのシンプルさは、抽象の極み。どこでも、いつでも通用する。観客は、何もない舞台の上に、宮廷を見たり、荒野を見たりするわけだ。イマジネーションを自在にはたらかせてね。ちなみにシェークスピアの頃の演劇もそんなかんじだったらしい。舞台には最小限の小道具しか置かない。20世紀初めのイギリスで、演劇に革命を起こしたといわれるベケットの「ゴドーを待ちながら」という演劇は、そんな演出で観客の度肝を抜いたとか（舞台には、ひょろひょろの、ろくに葉っぱもついてない木しかない）。そう考えると、能って古いのに、先端を行ってる。そういうのって、カッコいいと思う。使い古された陳腐な言葉だが、『シック』て言葉がぴったり当てはまる。一方、昔見た歌舞伎は（歌舞伎の悪口ばかり、、笑）、セットもひどかった。吉本新喜劇みたいな安っちい原色ペンキ絵で、ちんけな舞台をつくってた。（ちなみに、吉本新喜劇自体は、大好きです！独特のスタイルを作ってるし、ちょっとほろりとさせて、また爆笑というのがなんとも！）あのね、歌舞伎は、どっちかにすべきだと思うよ。能みたいに何にもないのか、それか、スカラ座のグランド・オペラみたいに超豪華なセットにするか、、、。※テアトロ・スカラの舞台　ヴェルディのオペラ「アイーダ」の一シーンちょっと、あくたいをつきすぎましたね。歌舞伎ファンの方にはごめんなさい。むかし、たまたま見た演目が、たまたまヒドイ出来だったのだ（スーパー歌舞伎なんかは見てみたいかも。）それは、ともかく、、、あしたのお能がたのしみ。終わったあとは、やっぱ、ポンシュ（本酒）かな。ああ、おいしいお魚たべたいにゃ。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>essay</category>
<pubDate>Wed, 12 Aug 2009 22:58:09 +0900</pubDate>

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<title>王宮の花火の音楽</title>
<description>今日は、隅田川の大花火大会※ヘンデル　王宮の花火の音楽というわけで、、、ということもないのですが、ふんぱつして、マグロの大トロの切り身を買っちゃいましたぁ☆なんせ、目の前で、マグロ解体ショーやってるとこに出くわした日にゃー、買っちゃいますやねーワンパック2000円もしたけど、なるほど、うまかった！切ってる包丁が、脂で白くなるくらい、脂がのってたし。ま、昨日までのむちゃくちゃな豪雨と蒸し暑さから、うってかわって、真夏の熱さ、ものすごい風の一日。むっちゃ、うまいもんでも、食わんとやっとられんわなーというわけで、飲んだくれてます。やっぱ、刺身には日本酒やね。※ぼうじまや　房島屋「純米吟醸」５０無濾過生ぼうじまやは、近所のお蕎麦（そば）屋さんで教えてもらいました。むちゃくちゃおいしいです。世界観が変わるお酒。きんっ！と冷やしたこれを何杯か飲んだあと、〆は、やっぱりビール。カールスバーグ。シュパッと栓抜きで王冠を飛ばしたあと、冷蔵庫で薄く氷がつくように冷やしたグラスに入れて飲む、そのときの最初のノドから鼻にぬけるホップの風味。そして、ノドごし。たまらないねー☆そして、ＴＶで、花火大会の中継をみながら、聴いています。ヘンデルの「王宮の花火の音楽」メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」、サン･サーンスの「サムソンとデリラ　バッカナール」と同じく、この季節の私の定盤。夏になると必ず聴く曲。いつもと同じ夏だけど、、、やっぱりいいね！夏って！※18世紀ヨーロッパの花火大会の絵</description>
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<category>music &amp; disc</category>
<pubDate>Sat, 25 Jul 2009 21:23:13 +0900</pubDate>

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<title>エクリプス　Eclipse</title>
<description>エクリプス　Eclipseエクリプス（日蝕）がはじまったようです。報道によると、「今世紀最長の日蝕」（トカラ列島の悪石島で６分２５秒）とのことですが、今世紀ったって、まだ9年しかたってないよね。それとも、今後、91年間におこる日蝕のすべてについて、コンピュータによるシミュレーションで、あらかじめわかっているということでしょうか？たぶん、そうなのかも、、、。昔は、事前に分かるどころか、日蝕が起こると、天変地異が起こったとして、大騒ぎになったと記録されています。そんな大昔の話ではなく、文明開化の明治初期のころでも、人々は、太陽が欠けていく有様を目にしておそれおののいたとか、、、。そういえば、「トム・ソーヤーの冒険」で有名なマーク・トウェインの小説に「アーサー王宮廷のコネティカットヤンキー」という作品があり、そのなかに、日蝕のシーンがでてきます。、、、アーサー王時代の中世イギリスにタイムスリップしてしまったアメリカ人（ヤンキー）が、捕えられて火あぶりにされそうになるまさにそのとき、日蝕が起こる。　現代人であるヤンキーは、日蝕が程なく終わることを知っているので、恐怖のどん底にある人々に向かって、大声で叫ぶ　『これは、私を火あぶりにしようとした天罰である。即刻、やめい！！』。　人々が、火刑台からヤンキーを降ろし縄をほどくと、たちまち、真っ暗になった太陽が再び姿を現し始めて、、、　以後、アーサー王をはじめとする人々は、ヤンキーを最高の魔法使いとしてあがめたてまつる、、、といった内容でした。ま、似たようなことは、ほんとにあったんじゃあないでしょうか。日本神話の『天の岩戸』の話も、日蝕を連想させます。（『天の岩戸』の神話とは、、、弟君スサノオのミコトがあんまり暴れて騒ぎを起こすので姉君である太陽神アマテラス大御神が天の岩戸という洞窟に御隠れになり、扉を固く閉ざしてしまった。太陽神が隠れてしまったので、昼間でありながら、地上は真っ暗になり、人々は大いに驚き嘆き悲しんだ。そこで、一計を案じた神々は、天の岩戸の前で、盛大な宴会を開いて、飲めや歌えの大騒ぎを始める。外で、賑やかな声が聞こえるので、いったいなんだろうとアマテラス大御神が、岩戸の扉を少し開けたそのとき、神々が一斉に扉を開けて、太陽神を洞窟の外に出した。再び、太陽が姿を現し、地上に光がもどってきた、、、というもの。東京は、朝の激しい雨もやんで、天気が回復してきましたけど、はっきりしない曇り空。見れたとしても、種子島や屋久島みたいな長時間の日蝕ではないとのこと。昔、人々が恐れおののいたような日蝕は体験できませんが、それでも、日蝕のときには、木漏れ陽（こもれび）が、ふだんとは違って見えるそうです。木漏れ陽（こもれび）っていうのは、あの、太陽の光が葉っぱにあたって、その反射が地面に映るやつ。なんでも、日蝕のときは、木漏れ陽が、日食の形になる、、、つまりは、上の写真のような皆既日食なら、木漏れ陽も中心部が闇で周りが光り輝くリング状の光の集まりになるとか、、、。さてさて、せめて木漏れ陽くらいは、普段と違うものが見れるでしょうか？一方、普段は平和で静かな悪石島。ここは、天文ファンが殺到して、水はたりない、トイレはどうする、寝るとこは？！みたいな騒ぎのようです。しかも、ツアーに漏れた参加者で、勝手に渡航してきている人もいたりして、ただでさえ限りのある水が心配らしいのですが、、、でも、でも、、、たのしそうだな。野宿だとしても、南国の夜空いっぱいに広がる星空の下でしょうから、うらやましい。10年以上前に、槍ヶ岳に登ったとき、山頂近くでテントを張って一泊しましたが、そのとき、仰ぎ見た一面の星空を想い出します。まるで、宝石をちりばめたような、、、というより、宝石箱から、ありたけの宝石をビロードの布の上にばらまいたような、、、それは、それは見事な夏の山の星空でした。そう、気づけば、いつしか、夏が来ていました。すばらしい情熱と力に満ち溢れた季節！今世紀最大の日蝕ではじまった今年の夏が、誰もにとって、最高の想い出の日々となりますように！！ｂｙらいおん</description>
<link>http://redlionbbm.pokebras.jp/e95085.html</link>
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<category>essay</category>
<pubDate>Wed, 22 Jul 2009 12:03:42 +0900</pubDate>

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<title>そば処　ふじ多</title>
<description>そば処　ふじ多昨日の夕方、宮部みゆきの「江戸前」ホラーを読んでいたら、なんだか、むしょうに食べたくなってきたのが、、、「おそば」。てなわけで、普段着のまま、ぞうりをひっかけて、往来をてくてく、、、。そして、住まいの近くにあるそば屋「ふじ多」ののれんをくぐりました。かろうじて、車1台分の幅程度しかないせまっちぃい道にへばりつくようにして、店のドアがあります。のれんがなければ、家と見まがうほどのちっちゃなお店。中に、入ると、どーんと大きな木のテーブルが中央にしつらえてあって、好きなとこに座る。めいっぱい入っても10人がやっとでしょう。そんな小さなおそば屋さんですが、、、。隠れた名店です！そばがいいのは無論ですが、酒の酒肴（さかな）がまたうまい！焼き味噌、板わさ、だし巻、鴨ロース、、、どれも絶品です。置いてる酒のラインナップも心憎い！のだそうです、、、（あっちは、日本酒の勉強は、まだまだこれからでやんす、、、）。☆ふじ多  最寄駅 京王新線「幡ヶ谷」「初台」、都営大江戸線「西新宿五丁目」  　　　　　※ＪＲ新宿駅西口から京王バス中野駅行き（または中野車庫行き）に乗って、「本町1丁目」または「六号通り」で降りると一番近いかも。TEL 03-3320-4863   営業時間 11：30-14：00 17：30-20：00  火・水定休、木の夜もお休みそば　→　もり：750円　かけ：750円　おろし：950円　とろろ（温・冷）：1,000円　鴨南蛮：1,350円酒肴　→　焼き味噌：400円　板わさ：450円　だし巻玉子：500円　鴨ロース：1,000円※写真はイメージです。まずわ、、、お酒と。すすめられるままに飲んだ清酒のうまいこと！あっさりと飲みやすく、適度にふくよかな香りと味わいがあって、ほのかな甘みを感じさせる美酒。そのお酒の名はというと、、、ど忘れしましたぁ！（あとで聞いときます）肴は、まず、おつきだしのお豆腐です。塩で頂くのですが、これが、なんとも味わい深い豆腐で、、こんなのどこで売ってるんでしょうかねぇ？次いで、「米茄子柚子味噌焼き」。ひとくち、あつあつをほおばって、、、うん、こりゃぁ、うめぇ！こんなにジューシーで、あつあつとろとろで、こくのあるナスは初めて食べました。肉厚で食べ応えがあります。まるで、お肉の食感。おみそとなすのハーモニーを味わったあと、ほのかに鼻こうをくすぐるゆずの香りが、また、なんとも、、、。びっくりすると同時に、感動しました。かるく食べて飲んで、最後は、おろしそばで〆ました。削ったばかりのカツオブシ、小鉢の中で、つやつや光ってる。それだけでもうまい。年配の御主人とおかみさんが、趣味のようにやっているお店ですが、細かなとこにも「粋」を感じます。酒と料理の味わいだけでない、個性豊かな器、おかみのきさくな話しぶりや、注文に際してのさりげないご指南、室内の調度品や、店の雰囲気そのものも含めて全て、うーむ、大マンゾク！日本料理の真髄を垣間見たような思いです。　ごちそうさまでした。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>cuisine</category>
<pubDate>Mon, 11 May 2009 20:13:29 +0900</pubDate>

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<title>カフェねた</title>
<description>景気の冷え込みのせいか、どこに行っても、このところ、ぱっとしない話題ばかりですが、、、たまには、カフェらしいネタを。2009年4月29日（水）18:09の共同通信社の配信記事によると、（以下、引用です）「サントリー「山崎」など日本製ウイスキーが国際的なコンテストで相次ぎ高い評価を受け、海外での販売量を大きく伸ばしている。不振が続いていた国内市場も下げ止まりの傾向。サントリーも１２％増の９万１０００ケース、そのうち山崎は８０％増の１万８０００ケースに拡大した。」だってさ。たいしたもんだ。本場で認められるんだから。そんなウィスキーといえば、、、ウィスキーに合う、知る人ぞ知る料理がこれです。ハギス特にスコッチ・ウィスキーには欠かせないというより、スコットランドの名物料理ハギスを食べるときには、スコッチ・ウィスキーで飲み下さないとダメなのです。レシピはというと、、、（聞かない方がいいかも、、、）（以下、またまた引用）「（ハギスは）、主に羊の内臓と､それからタマネギと､大麦とカラス麦と……それらをミンチにして羊の胃袋に詰めて､食べるときに茄でて｡最初に､湯気の立ってるまあるいかたまりのままテｰブルにもってきて､スコットランド人はそのハギスをにっくきイングランド人の頭に見立てて､ナイフを入れるわけですよ(笑)。そのときに使うナイフが､スキンドゥっていって、キルトのスカｰトの下にはく長いソックスのところに必ず差し込んでるナイフでね｡このナイフで切って､いったん下げてから各自のお皿に取り分けて出てくる｡ただし､ハギスだけじゃ非常に消化に悪いんで､付け合わせとしてマツシュドポテトとマッシュドターニップ､かぶがついてくる｡」（「イギリス病のすすめ」田中芳樹＆土屋守、講談社文庫）ということだそうです。羊の内臓を羊の胃袋に詰めてぇ（さらに、羊の血まで入れるらしい。なので、見た目どす黒い色）、それを茹でてぇ、、、げぇぇぇーっ！、と言う感じですが、、、じっさいに食べて見ると、ちょっと臭みがあるものの、なかなかに美味です。特に、必ず付いてくるマッシュポテトとの相性がなんとも☆☆ただ、羊の内臓なんて、、、狂牛病とか、ちょっと気になる。ま、そんなドキドキも、ハギスの醍醐味だったりして、、、。そんなハギスを、身近で食べられる店がここ。Rose &amp; Crown チェーン展開してて、丸の内をはじめ都心に何件かあるので、東京在住の方、あるいは、出張された方も、フラッと寄ってみるのもいいかも。最近、私は、休日の昼過ぎから夕方にかけて、この店で、カールスバーグの１パイントを皮切りに、ローストビーフ（これが、また！なんとも美味！）あたりをつまみつつ、しどけなく、何するでもなく、飲んだくれてます。そんなことはさておき、、、さ、今夜も、おビール、おビール☆ｂｙ　らいおん</description>
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<category>cuisine</category>
<pubDate>Wed, 29 Apr 2009 21:47:58 +0900</pubDate>

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<title>エレガント　élégant !</title>
<description>エレガント！　élégant !そんな言葉がぴったりの音楽。サン・サーンスのピアノトリオno.2Piano Trio No 2 in E minor, Op 92  Movement 1: Allegro ma non troppo  [11'24]  Movement 2: Allegretto  [6'18]  Movement 3: Andante con moto  [4'04]  Movement 4: Grazioso, poco allegro  [4'19]  Movement 5: Allegro  [8'05] 軽やかなサン・サーンスには、めずらしい憂愁に満ちた響きではじまる1st movement （第一楽章）ですが、気まぐれな春の天気のように、曇り空はいつまでも続かなくて、さわやかなそよ風のようなヴァイオリンの旋律に乗って、曲の調子にも明るさが加わってゆきます。続く楽章も、哀愁と甘美さが濃密に混ざり合って、独特の香気をかもし出してゆきます。そして、まさに、エレガンスの頂点にあるように思えるのが、3rd movement（第3楽章）。舞い散る花びら、あるいは5月の風にそよぐ若葉のような可憐なピアノのパッセージにのって進むヴァイオリンとヴィオラの対話。フランス楽壇きってのメロディーメーカー、サン・サーンスの真骨頂と言った感じ。代表作「白鳥」は、あまりにも有名で多くの人に愛されている名曲ですが、このピアノ・トリオの3楽章のメロディも、「白鳥」に劣らないと私は思う。パリの夜会あたりで演奏されたんでしょうね。大人の雰囲気を感じさせるなんともシックな、心に染みる一曲ですよ。これは。曲の締めくくりも、香水の残り香のように、しずかな余韻を残しつつ、空気に溶けて消えてゆく感じ、、、。憎いまでの演出。4分位しかない、もの静かな小品ですけど、大規模なフル・オーケストラの作品にも匹敵する完成度です。※マネ作　「バルコニー」サン・サーンスが、このピアノ・トリオを作曲した頃は、絵画の世界では、ちょうど印象派の時代。マネにはじまり、モネやスーラといった画家たちが、光や風をカンバスに写し取るために、実験的な作品を続々と世に出していた頃です。もうすこし立つと、キュビズムなんかも登場して、実験から前衛へと一気に芸術が飛躍しますが、そのちょっと前の時代、いわゆるベル・エポックの頃ですね。たぶん、絵画も音楽も一番いい頃だったんじゃないかなと思います。当時、世の中的にも、欧州は平和が続いて繁栄していたし。そんな幸せな時代の空気を感じさせる音楽ですね。紹介したピアノ・トリオをはじめとするサン・サーンスの音楽は。なので、今の季節にぴったり。明るい陽射しとやさしいそよ風の音楽です。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>music &amp; disc</category>
<pubDate>Sun, 26 Apr 2009 12:07:38 +0900</pubDate>

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<title>名盤！　ソフィー・ミルマン</title>
<description>今月の一押し！名盤ですよ！これは！私的に、ひさびさのジャズＣＤのヒットでした。みごとな歌唱力に加え、声質がいい。ちょっぴりハスキーボイス、、うん、好き。おまけに美人だねー！このアルバムは、ボサノバの名曲「おいしい水」で始まりますが、次第に盛り上がっていって、２曲目のI Can't Give You Anything But Love,Babyや、３曲目のGuiltyあたりになると、もう聴き惚れてしまいます。 ９曲目のLa Vie En Roseも、フランス語を流暢（りゅうちょう）に操（あやつ）っての見事な歌いっぷりです。 11曲目の「黒い瞳」は、Ｊａｚｚでは珍しい、ロシア民謡。ソフィーは、ロシア語で歌ってます。野太いロシア語のこぶしをきかせてね。英語は言うまでもなく、フランス語に、さらにロシア語まで！ずいぶん、カバーする範囲の広い人だなぁと思っていたら、この人は、ロシアに生まれてから、小さいころにイスラエル、カナダと移民の子として各国を転々としたんだそうな。たいへんな苦労だったでしょうけど、それぞれの国で、しっかり言葉と発音を覚えたんでしょうね。だいたい、音楽ができる人は耳がいいのが普通ですが、外国語が上達する、しないも耳のよさがキーポイントらしい。（ちなみに、文章がうまい、うまくないも、耳のよさが関係してるらしいよ。やっぱり、文章のリズム感とか、テンポとか、耳から入ってくる言葉が文章の基礎だから。）ちょっと、話しが脱線しましたが、ソフィのＣＤにもどりましょ。上に紹介したＣＤでは、ポピュラーなナンバーがたくさん吹き込まれてますが、ジャズのスタンダードやボサノヴァの定番、そして古いロシア民謡なんかでも、ソフィーが歌うと、まるで昨日生まれた音楽のように新鮮！目が覚めるような、、、と言いますが、まさに、そんな表現こそ、この歌手・このＣＤには、ふさわしい。ソフィーは、カナダのジャズ・シンガーですが、最近、カナダの女性ジャズ・シンガーに優れた人が多いような気がする、、、この人もそんな一人。　　　　↓エミリー・クレア・バーロウアルバムの表題曲　" the very thought of you " をはじめ、聴きごたえのある歌をたっぷり聴かせてくれます。まさに、実力派って感じ。最初に紹介したソフィーもいいけど、実は、こっち、ちょっと前に買ったエミリーの方をよく聴くかな。１曲目の The very thought of you と１２曲目の So many stars が最高！極上です。甘い声だけど、甘ったるいってかんじじゃぁない。耳に、ほどよい心地よさ。スローでしっとりした感じの曲が多くて、アレンジもいいです。なので、飽きません。いいお酒と同じ。何杯でもいけますよ、これは。疲れたときなんかに、どうぞ。ｂｙ　らいおん</description>
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<category>music &amp; disc</category>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2009 00:14:58 +0900</pubDate>

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<title>忘れ得ぬロシア</title>
<description>「忘れ得ぬロシア」展※クラムスコイ作　「忘れ得ぬ女（ひと）」トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」のワンシーンのようなこの絵画。なにげない一瞬を切り取って、忠実にキャンバスに写し取っただけなのに、何ともドラマティック。題名といい、モデルの女性の悩ましげな、あるいは一抹（いちまつ）の侮蔑のまじりあった毅然としたまなざしといい、いろいろと想像してしまいます。渋谷のBunkamura　で、今開催中の展覧会。上の絵「忘れ得ぬ女（ひと）」など、19世紀末ロシア美術の名作の数々が出展されています。思い返せば、はるかな昔、小学5年生の私は、母親が買い込んだ「朝日世界の名画シリーズ」を、よくわからないままにも、見ることが好きでした。印象派に始まり、抽象絵画からルネサンス、ゴシック芸術、プリミティブ・アートまで、まさに「世界」の名画を毎号特集して取り上げたこの雑誌の企画は素晴らしく、今、ひも解いても吸い込まれるように見入ってしまうことがあります。毎号、取り上げている絵画が一流である点、言うまでもないことですが、取り上げ方や切り口が、実に独創的。さらに、記事を書いている人々も錚々（そうそう）たる面々でした。あの高階先生をはじめ、今でこそその世界では名が通っているが、当時は全く無名だったであろう若桑みどり先生が、マニエリズム美術について目の覚めるような論考を寄稿されているのですから。その「朝日世界の名画シリーズ」のある号で、革命前のロシア美術の特集があって、「忘れ得ぬ女（ひと）」の写真がのっていたのです。小学生だった頃の記憶が残っているくらいですから、我ながら、よほど、鮮烈な印象を受けたんでしょうね。その原画がみれるなんて！ちょっと感激です。☆今回の「忘れ得ぬロシア展」には出展されてないようですが、ほぼ同時代のロシア写述絵画では、この絵が有名です。※レーピン作　「ヴォルガの船曳（ふなひき）」えい、こーらー、、、なんていう歌が聞こえてきそう。この絵は有名で、日本でも人気があります。☆ロシアという国は、私には、いろいろと縁があるようで、「忘れ得ぬ女（ひと）」の絵だけでなく、やはり、はるかな昔、中学生の頃に、これまた母が買いそろえていたロシア文学全集を読んで、大きな影響を受けました。とくに愛読したのが、プーシキンとゴーゴリ、ツルゲーネフあたり。トルストイやドストエフスキーは、テーマが深刻なこともあって、とっつきにくかったですが、プーシキンは面白かったですね！プーシキンの小説「大尉の娘」とか、ほんとに夢中になって読みふけりました。ロシア文学を読み始めると、まず最初に気になるのが、独特の名前の表記です。たとえば、ごく普通の会話の中、町で会った友人同士が、こんな風に挨拶し合います、、、「よっ、ピョートル・イリイッチ！」「おう。セミョーン・ニコラエヴィッチ！」この長たらしい名前ですが、最初の「ピョートル」がその人の名前で、次の「イリイッチ」は父称（ふしょう）といって、父親の名前（所有格）なのです。なので、「ピョートル・イリイッチ」というのは「イリヤの息子ピョートル」と言っているわけ。だいたい、これでうんざりする人が多いとか。でも、自然に、ロシア文学に入った私には、当時からあまり抵抗もなくて、物ごころついた時期に読みふけったせいでしょうか、この長たらしいロシア名を見たり聞いたりすると、ノスタルジーというか、なんだか懐かしさすら感じてしまう。おまけに、やはり当時、クラシック聞き始めの頃、無茶苦茶はまったのがチャイコフスキー。メランコリックなロシア音楽は、私の遠い日の記憶を掻（か）き立てます。ロシア、私にとって、この国とその芸術文化（絵画・文学・音楽）は、まさに「忘れ得ぬ」存在なのです。☆いつか行ってみたい国は、たくさんありますが、ロシアは、「絶対に」訪れたい国のひとつ。10年くらい前に、モスクワ経由でイタリアに行った時、飛行機から見下ろしたシベリアの大地が忘れられません。どこまでも広がる白い大地、その上にまっすぐ伸びる一筋のライン。パイプラインでしょうか、一定の間隔をおいて、点々と赤いライトが点滅してました。途中のモスクワ空港も、当時はソ連崩壊後の混乱状況でしたから、なんだか怪しい雰囲気で、それはそれでいい感じだった。それから、一泊するためにバスに押し込まれて向かった空港そばのおんぼろホテル。建物は結構大きくて、そこそこ高層だったんですが、なんともさびれたホテルでした。まだ明るい時間について、何にもすることがなくて、しかたなく、部屋の窓から外を眺めると！窓の向こうに延々と広がる緑の海。それこそ、小型のビルのように高く成長した何百本いや何千本あろうかという針葉樹林の森。それが、どこまでも果てしなく続いている、、、。圧倒されました。大学時代、シベリア鉄道をつかってヨーロッパまで行く計画があって、実現寸前だったんですが、あーあ、いっときゃよかったなぁ！ロシア、悠久の大地、シベリアの広大な針葉樹林、ウクライナの一面に広がる小麦畑、幻想的な正教の教会、プーシキンの文学とチャイコフスキーの音楽を生んだ偉大な土地と歴史と人々。忘れ得ぬロシア、いつか、必ず行くつもりです。ｂｙ　らいおん</description>
<link>http://redlionbbm.pokebras.jp/e84249.html</link>
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<category>fine art</category>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2009 19:15:28 +0900</pubDate>

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