2010年02月14日

春の祭典  Le sacre du printemps

最近、「春の祭典」のことで頭がいっぱいです。

「春の祭典」 Le sacre du printemps The rite of spring とは、、、

ストラヴィンスキーがバレエ・リュッス(ロシアバレエ団)のために書いたバレエ曲。








バレエ・リュッス(ロシアバレエ団)というのは、20世紀初めのパリで一世を風靡したバレエ団のこと。

バレエ・リュッスは、ディアギレフというロシアの貴族が、プローモーターになって立ち上げました。
そして、「バレエ」というものについての既成概念(上品で、優雅で、、、etc etc)を吹き飛ばすような斬新でエネルギッシュな舞台芸術を作り上げ、旋風のようなブームを巻き起こしたのです。

ストラヴィンスキーは、このバレエ団の創設当初から、曲作りを担当し、数々の名曲を作り出しています。

その一つが、「火の鳥」。

「火の鳥」は、音楽もすばらしいですが、バレエ・リュッスが作り上げた舞台も見事なものだったらしく、ものすごい興奮と感動を巻き起こしました。

そんな実績を背景に、ストラヴィンスキーとバレエ・リュッスのコンビが、次に世に送り出したのが「春の祭典」。

今でこそ、すっかり有名になり、曲の一部や、似たような旋律はCMやテレビ番組でも使われたりして、現代の私達には、耳慣れたものですが、しかし、「春の祭典」は、今から100年も昔の時代にしては、あまりにも前衛的な音楽と、音楽以上に斬新なバレエのために、パリのシャンゼリゼ劇場での初演は、大失敗に終わってしまいます。

当日は、ものすごいブーイングの嵐に、耳をふさぎながら席を立って帰ってしまう人々、「やめろ」「騒音だ」と叫ぶ人、一方で少数のブラボーを叫ぶ人、客席は舞台そっちのけの騒ぎになり、「春の祭典」を評価する進歩派と、強烈な拒絶反応を示した保守派との間で殴り合いのけんかまで起きるほどの騒動になりました。

革新的な芸術が生み出される時、新しい美意識に追い着いていない一般の人々との間でひと悶着がおきるのは、西欧の芸術の歴史の中で幾度も繰り返されたことですが、この「春の祭典」の初演というのは、とりわけ大きな騒ぎになった空前絶後のスキャンダラスな事件として有名です。

そんな「春の祭典」の伝説的な初演のシーンを再現しているのが、今、劇場公開中の映画「シャネル&ストラヴィンスキー」

映画は、1913年の「春の祭典」の初演の大騒動で始まります。

初演のときの振付と演出、背景の絵、ダンサーのメイクや衣装までが再現されており、まさに必見!

私は、この映画の冒頭の「春の祭典」初演の再現シーンだけが見たくて、再度映画館に足を運んでしまいました(また、今週末に行くかも。)

「春の祭典」は、フランス語の原題だと「春の犠牲」なのですが、そのとおり、どこか大昔の雪深い北国で、春を到来させるために、純真な乙女を生贄(いけにえ)にささげる、、、そんなストーリーです。

原始というか、野蛮というか、ストラヴィンスキーの音楽もまた、「春の祭典」のストーリーを見事に音であらわしたもので、荒々しく、野性的。
曲は、まずファゴットの不思議な響きで始まります、、、始めて聴くんだけど、どこかで聴いたようなそのいいようのない響き。
続いて、その音にホルンが静かに覆いかぶさります。
そして、いきなり、弦楽器が力いっぱいギザギザのリズムを刻む。ざっざっざっという音の連続。サヤから引き抜いた刀を引っさげたサムライ達が全力疾走でこちらに向かってくるようなその音を聴いていると、なんというか、ざわざわと心の奥底に眠った本能のようなものを描き立てられる思いすらするのです。

不協和音を大胆に使用し、時にたたきつけるような、時にきらめく光のようなリズムに彩られたストラヴィンスキーの音楽は、耳で聞くというよりは肉体に響く感じ。強いブランデーをストレートで飲み込んだ直後、酔いが回るときに一瞬くらっとなりますが、そんなめまいにも似た感覚を呼び起こす音楽です。
聴いているだけで、自然に震えてくるような音楽、ある種「狂気」に近い音楽ですが、それにあわせて踊るダンスも、また、なんとも野性的かつ情熱的。

今見ても、まったく古めかしさを感じさせないくらい、とんがった音楽とダンス。

20世紀はじめの紳士淑女が、びっくらこいたのも無理はないと思います。

なんせ、それまで、ひたすら優雅さを追求するはずのものであったバレリーナたちが、ぴょンぴょん飛び跳ねた後、がにまたで着地し、おどりというよりは、ひたすら身を震わし、痙攣(けいれん)し続けるのですから。

それだけじゃない。衣装やメイクを含む演出全体が息をのむほどにアグレッシブ。

バレリーナたちは、三つあみをした少女の恰好で、『風の谷のナウシカ』とか『ゲド戦記』あたりに出てきそうな素朴な、かわいいと言ってもいいような民族衣装に身を包んで踊るのですが、そんなほのぼのした格好なのに、ダンスのほうは、驚くほど情熱的、かつ、挑発的なまでに斬新なのです。

そのギャップがまた、、、こわいくらい。

映画では、自分の踊りが、劇場をひっくり返すほどの騒ぎを巻き起こしているのを目の当たりにして、すっかり、おびえきっているバレリーナの娘の表情がクローズアップになります。

でも、彼女はダンスをやめない。

舞台の脇では、振り付けをしたニジンスキー※ が、怒鳴りつける! ※ちなみに、ニジンスキーは、空中浮遊したという逸話がある伝説的なバレエダンサーです。

「もっと、跳べ!」「そうだ!もっと激しく痙攣(けいれん)しろ!」

私は、すっかり心を奪われ、感動してしまいました。

なんで、こうも激しく心を揺り動かされたのだろう?

映画館からの帰り道、「春の祭典」の野獣の咆哮(ほうこう=叫び声)のような音楽で、頭の中をいっぱいにしながら、私は自問自答しました。

そして、ふと思い出したのが、村上龍のエッセイの中のことば、、、、

『おまえは、ここにいて、こうしていなさい」みたいな自分を枠にはめようという何物かに対して戦うこと、それが、自分の創作活動の根っこにある、、、』(要約)

ということばです。

「春の祭典」は、春を呼び起こすために、大地に生贄(いけにえ)をささげる物語。

ですが、呼び起こされるのは、大地ではない。

それは、見る者、そして感じる者の心の奥底の何かを呼び起こすのです。


by らいおん  

Posted by らいおんまる at 23:23Comments(1)TrackBack(0)music & disc