2008年01月14日

ヴェルサイユの幽霊2

☆前回から続く


(マリオ・ケンペス夫人は、ブランデー入りのコーヒーを一口飲むと、ため息をつき、そして、再び話し始めた。
真冬の夜。
空には、凍りついたような筋雲が幾筋も真っ直ぐ走り、冷たい北風が窓を鳴らしていたが、室内は暖かく、皆は、夫人の話に耳を傾けた。)


ケンペス:「ミス・モーバリとミス・ジョーダンは、自分達が体験した不思議な出来事について調査した結果を世に問おうと思ったの。


けれど、2人は、イギリスでも名の通った女学校の校長先生でした。
下手なことをして笑い物になろうものなら、学校の名誉まで傷つくことでしょう。
それで、さんざん、ためらった挙句、10年経った1911年にようやく本を出しました。もちろん、ペンネームで。」


マスター:「きっと、反響があったのでしょうね。」


ケンペス:「かなり話題になったようよ。
アインシュタインもこの話しを知ることになり、大いに関心を持ちました。
アインシュタインは、こういったそうです。『そのご夫人方は、時間につまずいたのだ。」


大佐:「ほかにも、詩人のジャン・コクトーがこの話に興味を持ち、自ら序文を書いてフランス語訳版を出していますね。」


ケンペス:「さすが、大佐はよくご存知ね。

ともかく、ミス・モーバリとミス・ジョーダンは、本の中で、彼女達が最初に不思議な体験をした日である8月10日に注意を払っています。
フランス革命が始まったのは、1789年7月14日だけど、その後、様々な事件がおき、王政にとって事態はますます悪化していったわ。そして、1792年8月10日に決定的な事件が起きる。」


大佐:「8月10日の革命ですな。」


ケンペス:「その通り。
暴徒化した民衆が、国民衛兵を先頭にアントワネットをはじめ国王一家のいたチュイルリーを襲撃したのよね。
宮殿を守っていたスイス衛兵は最後の一人まで戦って全滅。
国王一家は、暴徒によって拉致されタンプル塔に幽閉されることになる。
あとは、ルイ16世から順にギロチンに送られる運命でした。」


マスター:「この事件は、ジャン・ルノワールの映画『ラ・マルセイエーズ』の最後のほうで、忠実に再現されてますね。」


旅烏:「王様たちは、怖かったでしょうね。」


ケンペス:「そうよね。
自分達を血祭りにあげようと何万という群衆が押し寄せてくるんだから!
映画で言うと、大勢のゾンビたちが押し寄せてくるのと同じような恐怖を、アントワネットも味わったでしょうね。


で、ミス・モーバリとミス・ジョーダンに戻るけど、彼女達は、こんなふうに推測したの。


8月10日、恐怖に震えながら、マリー・アントワネット王妃は、つい数年前までのプチ・トリアノンでの幸せな日々を、痛いくらいの思いで懐かしみ、もう一度あの日々に戻りたいと想い出していた。
そのアントワネットの強い回想に、自分達は迷い込んだのだと。」


大佐:「うーん、切ないロマンティックな意見ですが、ちと無理があるようですな。」


マスター:「というと」


大佐:「なぜなら、8月10日以外の日にも、ミス・ジョーダンが不思議な体験をしている。」


ケンペス:「そうよね。
それに、ヴェルサイユで、不思議な体験をしている人は、ミス・モーバリとミス・ジョーダンの2人だけじゃないの。」


1908年のこと。
クルックというアメリカ人の家族が、グラン・トリアノンの近くを散歩していたときに、縁の広い帽子をかぶった若い女性が絵を描いているのを、目撃しています。
しかも、2度にわたって。


彼らは、こう記しています。
『私達は、幽霊を見たと思いました。なぜって、その女の人は、突然、景色の中に現われたかと思うと、軽い衣ずれの音を残して、また消えていったんです。』


そのあと、クルック夫人は、18世紀ごろの服装をして三角帽をかぶった男が現われるのを目にしています。
注意すべきなのは、このアメリカ人たちが、2度にわたって目撃した際に、やはり、息の詰まるような胸苦しさを感じたそうよ。」


マスター:「イギリスのご夫人の話とそっくりですね。
そのアメリカ人の一家は、ミス・モーバリの話しを知っていたのではないですか?」


ケンペス:「それはないでしょうね。
だって、2人の本が出版されるのは、アメリカ人の体験の3年後ですから。
それに、特に個人的な接点もないようよ。」


「それに、ヴェルサイユでの不思議体験は、まだ続くの。
1928年10月、別のイギリス人女性2人が、プチ・トリアノンを見学していたとき、やはり奇妙な経験をしているわ。


急に、疲れが襲ってきて意気消沈した気分になったかと思うと、昔のかぶりものをかぶった女性が、壊れかかった農家の窓から、自分達をのぞいているのに気づいたそうよ。
さらに、進んでいくと、今度は、銀の飾りひもをつけた緑の服の老人に出会った。
2人の見物客が道を尋ねると、その老人は、よくわからないフランス語を口にしたかとおもうと、煙のように消えてしまったんだって。
この2人のイギリス人女性が、ミス・モーバリとミス・ジョーダンの本のことを知ったのは、イギリスに帰国してからのことでした。


そのほかにも、1955年5月21日、ロンドンにすむ弁護士夫婦がトリアノンの庭園にある『王妃の館』の近くで、三人の奇妙な人物に出会った。
一人は女、あとの2人は男で、女は長い黄色のドレを着ており、男は黒いマントを羽織って、絹のキュロット(半ズボン)、長い靴下、銀のバックルのついた靴をはいていた。
そして、現われたかと思うと、たちまち煙のように消えてしまったというわ。」


マスター:「そんなに複数の目撃ケースがあるんですか」


ケンペス:「しかも、どのケースでも、同じように気分の悪さを感じているそうよ。
それに、複数の目撃者の証言で、奇妙な人物達が現われる前に、シュッシュッというきぬずれのような音が聴こえたとあります。」


大佐:「それは、きぬずれの音ではないのかもしれないね。」


ケンペス:「そうね。ある証言によれば、『まるで、空気が帯電して、震えているようだった』とのこと。」


大佐:「ヴェルサイユという土地は独特で、地面に電流が走っているという話しもありますね。」


ケンペス:「地電流とか磁気とかは、この不思議な話しに、なにか関連があるかもしれないわね。
ルイ・ボーウェルというフランスのジャーナリストが、この話に関連して調査したところ、フランス気象台の記録に、1901年8月10日、ヨーロッパ中で磁気嵐があったと書いてあったそうよ。」


旅烏:「最初に幽霊が現われた日にちとおんなじね」


ケンペス:「そうね。まだ、おもしろい話があるわ。

ルイ・ボーウェルは、パリの国立図書館で1901年8月11日に発行されたフランス中の新聞を調べたの。

すると、こんな記事があった。
例の2人のイギリスの婦人たちが、ヴェルサイユで不思議な体験をしていたのとちょうど同じ時刻に、パリ近郊のサン・ドニ駅に豪勢な服装をした男女30人ほどの団体が現われた。
記事によれば、『女は、宝石を縫い付けた派手な色のドレスを身にまとい、男は、銀ボタンのついた上等なラシャの服を着て』いたとのこと。
この団体は、何か知らない言葉をしゃべり、金貨の詰まった袋を見せて、自分達は馬を買いにきたのだと身振り手振りで伝えたそうです。
駅長は、ジプシーだと思ったようね。
そして、彼らは、どやどやと駅の待合室を出て、アンギャンの方に向かって立ち去ったとか。」


マスター:「そのあと、どうなったのですか?」


ケンペス:「どの新聞にも、そのあとのことは出ていません。」


旅烏:「やっぱり、磁気嵐とか地電流とか、電気が関連しているのかな?」


マスター:「病院で脳波を測るときに電極を頭に差して記録をとりますよね。
人間の脳の活動は、電流のようなものだから、なにか関係があるかもしれないね。」


大佐:「ヴェルサイユという土地は、普段から帯電しているような土地らしいから、もしかしたら、一種のテープレコーダーみたいなことが起こっているのかも。
つまり、見たり、話したり、考えたりといった人間の活動はすべて脳波が関係しているのだけど、強い磁気を帯びた場所には、脳波という一種の電磁記録がダヴィングされるのかもしれない。
過去の人間の振る舞いが全て、記録されるのですよ。そして、何らかのきっかけで、それが100年後とかに再生される、、、。」


ケンペス:「興味深い意見ね。
でも、あたしは、ヴェルサイユには、時間の裂け目があって、そこから、人々が、過去にタイムトラベルしたんだと考えているわ。」


旅烏:「サン・ジェルマン伯爵は、そうした時間の裂け目を通って過去・未来と行き来しているのかも。」


ケンペス:「きっとそうよ。
さっき、例の最初にヴェルサイユで不思議な体験をした2人の婦人の本が、フランス語に訳された話をしたけど、そのフランス語版の序文で、詩人のコクトーはこんなことを書いているわ。
『もし、未来において、超高速の飛行機が作られたならば、時間の壁をくぐり抜けることも可能かもしれない。そして、1901年8月10日に、2人の婦人が偶然に通った時間の門から、別世界に入り込むこともできるかもしれない、、、。」







[参考資料:三角帽]




※出展:映画「ジェヴォーダンの獣」より (いやぁ、この映画もよかったなぁ とくにモニカ・ヴェルッチが最高!この写真のコも、おてんばなお姫さまぶりが、かわいかったけど。)



[参考資料2:三角帽2]





[参考資料3:18世紀のファッション]




※やはり出展は、ジェヴォーダンの獣





トートツですが、モニカ・ヴェルッチ



いやぁ、すばらしい!
(ケンペス夫人のイメージ??!)







大佐:「時間の裂け目というケンペス夫人の考えはなかなかユニークですが、私は、電磁波の一種である脳波が、強い磁気を帯びた土地に記録されたという考えを捨て切れませんな。
それに、大勢の人間が集合的に強力な脳波を出した場合にも同じことが起こるかもしれない。」


マスター:「というと、大佐、何か思い当たる節でもあるのですか?」


大佐:「うん、たくさんの人々が集まって、ある思いを集中させる場ってやつが、現実にある。それは、」


ケンペス夫人:「それは?」


大佐:「戦場だよ。

突撃の瞬間とか、何千もの人間が、いっせいに『怖い』『生きたい』『だれか助けて!』とかの思いを抱くことだろう。
実際、戦場とか戦争にまつわるミステリーというのも多いんだよ。
古戦場で、昔の戦争と同じ日時に亡霊の軍勢が戦っているのを見た、あるいは大勢の人間が合戦をしている声や音を聞いたなんて話は、結構ある。
これって、ヴェルサイユの幽霊と同じパターンだとは思わないかい?


この幻の軍隊の話についての記録で、最も古いと思われるものは、4~5世紀に活躍した聖アウグスティヌスの著作の中の「悪霊たちの戦い」という記述だ。
さらに、イギリスの市民革命のときというから17世紀の半ばになるが、エッジヒルの戦いという戦闘の1ヵ月後に、ちょうど同じ場所で激戦の様子が再現されるのを羊飼い達が目撃して騒ぎになる。
おなじような幻は、数ヵ月後にまた現われ、国王の知るところとなった。
国王チャールズ1世は、現地に役人を派遣して調査させた。
この役人達も同じ幻の戦闘を目撃し、国王に対して『神に誓って』事実だと報告したそうだ。」


マスター:「いや、そんな話しがあるんですかーおどろきですね。」


大佐:「さらにね、ナポレオンの最後の戦いであるワーテルローの戦いでも、1ヵ月後に戦いの幻の目撃事件がおきている。
ほかにも、アメリカ南北戦争の激戦ゲティスバークの戦いについては、幻の軍隊が行進しているなど様々なゴースト・ストーリーが伝えられている。
今でも、現地で写真をとると、当時の兵隊や将軍の姿が、背景の建物の窓なんかに写ったりするそうだ。」


ケンペス:「やだ、あたし、心霊写真とかは苦手よ」


大佐:「はっはっ。夫人らしくもない。


それに、また、戦争のミステリーと言えば、古戦場の幻の軍隊のほかに、実際の戦闘での目撃談も多いんだ。
昔の騎士の甲冑を身にまとったたくさんの幽霊戦士がどこからともなく現われて、加勢してくれた。敵を撃退すると、いつのまにか消えうせていた、、、なんて話がある。
さらに、敵味方の幽霊騎士同士が空中で戦っているのを見たという証言もある。


ま、生きるか死ぬかの戦場の極限状況では、兵士は皆、集団ヒステリーみたいな精神状態に陥るから、一種の集団妄想・集団幻覚かもしれないけど、こういった幽霊戦士の話って言うのは、一つや二つじゃなくて、古今東西、結構あるんだ。」


ケンペス夫人:「それは、あたしも聞いたことがあるわ。
ヨーロッパには、幽霊騎士の怖い伝説があるけど、あれも、そんな戦場のミステリーがもとになったのかも。」


大佐:「ヨーロッパだけじゃなく、日本にもありますぞ。
日清戦争のとき、平壌かどこかの戦闘で、日本軍が非常に苦戦に陥った。
すると、突然、空に真っ白い着物を着た軍勢が現われて、敵軍に向かって、一斉に矢を放つのが見えたそうじゃ。
この幻は、そのとき戦場にいた多くの兵士が目撃している。
そして、空の神軍をみて勇気をとりもどした日本軍は、敵を押し返し、戦闘に勝ったそうだ。」


マスター:「へぇ、日清戦争のときに、そんなエピソードがあったなんて!」


大佐:「ほかにも、第一次大戦初頭のモンスーの戦いでのエピソードが有名だね。
やはりイギリス軍が強力なドイツ軍に攻め立てられて、あわや戦線崩壊の寸前までいった。
ところが、そのとき、空に昔の古風な鎧兜に身を包んだ兵士が何人も現われて、敵に向かって矢を射掛けたそうだ。
この幻も、やはり、その場にいた多くの兵士が目撃している。
ドイツ軍も見たらしく、軍の記録に残っているらしい。ドイツ軍には動揺が走り、この戦いは、やはり、イギリス軍の大勝に終わった。」


マスター:「ドイツ軍の記録には、どう書いてあるんでしょうね。
『敵の守護天使が現われて、わが軍に向かい攻撃をおこなった。このため、戦闘に破れた』とでも書いたんでしょうか」


大佐:「そんなこと書いたら、間違いなく、降格だろうね、、、。
興味はつきないから、一度調べてみたいものだ。
この、モンスーの戦いでの幽霊戦士のエピソードについては、アーサー・マッケンが本にしている。
第一次大戦中の不思議な出来事をまとめた本の中の『弓兵』という章にある。」


マスター:「アーサー・マッケンですか、ラブクラフトが尊敬していた初期のホラー作家ですね。」


大佐:「そう、わしも尊敬しているよ。
マッケンの『怪奇クラブ』っていう本なんか、まさに最高で、わしがはじめて読んだのは、大学1年のゴールデンウィーク中、京都でのことだったが、すばらしい青空で、見事な庭園の緑に囲まれていたにもかかわらず、読み進めるうちに、ぞくぞくするような寒気を感じたことを思い出すよ、、、」


ケンペス:「大佐の話しは、こうやって脱線していくから、この辺で切り上げたらどうかしら?
ちょっと、マスター、おなかがへってきたわ。旅烏ちゃんもそうよね。」


旅烏:「はい」


マスター:「はい、はい(笑)。では、何か作るとしましょう。食べたいものは?」


ケンペス:「そうね、だいぶお酒もコーヒーも飲んだから、軽くがいいわね。」


マスター:「じゃ、パスタなどいかが」


ケンペス・大佐・旅烏:「いいね!」


マスター:「では、オレキエッテのプーリア風を作りましょう。
オレキエッテというのは、イタリア語で『耳たぶ』のことだけど、耳たぶみたいな丸い形のパスタを使います。
アンチョビといためたベーコン、それにゆでたブロッコリーをあわせて、、、はい、できあがり。」







大佐:「ああ、これこれ。これが食べたくてワシはここにかよっとる。」


ケンペス:「プーリア地方ってとこは、長靴の形をしたイタリア半島の靴のかかとあたりね。
山ばっかりで、貧しいとこらしいから、こんなあっさりした料理なのかもね。」


マスター:「そうですね。ベーコンを入れるのは、私のアレンジで、地元ではアンチョビとブロッコリーだけですよ。」


大佐:「でも、このシンプルさがいい。」


旅烏:「そうね、しつこくないから、いっぱい食べられそう。」


マスター:「遠慮なく、おかわりしてね。」


ケンペス:「そうよ。この店では、遠慮なんかいらないのよ。」


マスター:「夫人、、、」


(一同、笑)


☆この回終わり
  

Posted by らいおんまる at 00:04Comments(13)TrackBack(0)mystery