2007年03月25日
地震と驟雨
今朝は、石川で大きな地震がありました。だいぶ被害も出ていて、体育館に避難されている方も少なくないようです。夜などは、まだ寒いでしょうに。ご年配のかたなどの身を案じます。
今朝の東京は、強い雨が降っていました。でも、昼下がりにはあがり、ちょっと蒸し暑いような寒いような一日でした。
私はといえば、午前はぐっすり眠っておりました。
さて、ちょっぴりけだるい今日の1枚はこちら。

Gravado Ao vivo no canecao
Tom Vinicius Toquinho & Miucha
それにしても、ビニシウス大先生、すごいです。
ためらいも気後れもなく、堂々と美声?を披露なさってます。
最後は、とりわけすばらしく、名曲Chega de saugadeからはじまるんですが、次から次へと目くるめくようなメロディーと歌のメドレーで、すっかり引き込まれてしまいます。

みなさんも、ぜひお聴きになってください。
今日のコーヒー、午後4時のはイマイチでしたが、夕食後はとてもおいしく入れられました。
なかなか難しい。気温とか湿度とか、お湯の温度とか、もちろん豆の状態とか、複雑な要因がからんでいるのでしょうね。無心にやると、上手く抽出できるような気がします。茶道にも似て、奥が深いです。

明日から、また新しい1週間がはじまります。
いくつものくだらないことやつまらないことに、かまけなければなりません。
そう思うと、すっかりブルーになりますが、それでも、人生は続く、、、
精一杯、勇気とカラ元気を奮い起こそうとする自分を、勇気付けてくれるのが、すばらしい音楽や芸術だと思います。
寝酒のブランディーとともに聴く一曲はこちら

ベートーヴェンのストリング・クォーティットNo12の中から、第②楽章 アダージオ・マ・ノン・トロッポ -モルト・カンタービレ-
「とっても歌うように」と注が付いているだけ合って、弦楽器が本当に歌うように曲を奏でます。
天国的な静けさと調和。秘めた情熱と抑制された躍動感。
年末年始に、劇場でかかっていた「敬愛なるベートーヴェン」という映画を見ました。余りいい映画じゃないなとおもいつつ、あとになって、思い出すシーンが結構あります(それって、名画だってことよ、と誰かが言うかも)。
そのような忘れがたいシーンのひとつ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲13番「グロス・フーガ」の初演の様子。
7楽章もある(それだけでも異色)この曲の6つめがグロス・フーガといわれる楽章です。天国的な調和とは全く対極にあるような曲で、前の楽章の美しくて静謐なハーモニーをあえて、かき乱さんばかりに、音と音が、荒れ狂います。映画の中では、演奏会の聴衆が次々と耐えられなくなって出て行く。最後にパトロンの大司教だけは残るのですが、「思ったより耳が悪いみたいだね」という捨て台詞を残して去っていく、、、。
いまやクラッシックでオーソドックスの代名詞のようなベートーヴェンですが、生きていたころは、最先端の前衛だったということがよく分かります。
ビニシウスとジョビンがボサノヴァを「発明」したときもひどい扱いだったそうですが、いまでは、多くの人を感動させる。
それまでにない新しいものを生みだす力、未来を予感した感性、古いものに飽き足りずこれを否定し挑戦する姿勢、即ち前衛こそが、新しい感動を作り出すためには不可欠なのだとおもいます。そして、新しい時代を切り開くためにもね。
ちょっと、説教臭くなりました。もうやめとこっと。
では、また☆
今朝の東京は、強い雨が降っていました。でも、昼下がりにはあがり、ちょっと蒸し暑いような寒いような一日でした。
私はといえば、午前はぐっすり眠っておりました。
さて、ちょっぴりけだるい今日の1枚はこちら。
Gravado Ao vivo no canecao
Tom Vinicius Toquinho & Miucha
それにしても、ビニシウス大先生、すごいです。
ためらいも気後れもなく、堂々と美声?を披露なさってます。
最後は、とりわけすばらしく、名曲Chega de saugadeからはじまるんですが、次から次へと目くるめくようなメロディーと歌のメドレーで、すっかり引き込まれてしまいます。
みなさんも、ぜひお聴きになってください。
今日のコーヒー、午後4時のはイマイチでしたが、夕食後はとてもおいしく入れられました。
なかなか難しい。気温とか湿度とか、お湯の温度とか、もちろん豆の状態とか、複雑な要因がからんでいるのでしょうね。無心にやると、上手く抽出できるような気がします。茶道にも似て、奥が深いです。
明日から、また新しい1週間がはじまります。
いくつものくだらないことやつまらないことに、かまけなければなりません。
そう思うと、すっかりブルーになりますが、それでも、人生は続く、、、
精一杯、勇気とカラ元気を奮い起こそうとする自分を、勇気付けてくれるのが、すばらしい音楽や芸術だと思います。
寝酒のブランディーとともに聴く一曲はこちら
ベートーヴェンのストリング・クォーティットNo12の中から、第②楽章 アダージオ・マ・ノン・トロッポ -モルト・カンタービレ-
「とっても歌うように」と注が付いているだけ合って、弦楽器が本当に歌うように曲を奏でます。
天国的な静けさと調和。秘めた情熱と抑制された躍動感。
年末年始に、劇場でかかっていた「敬愛なるベートーヴェン」という映画を見ました。余りいい映画じゃないなとおもいつつ、あとになって、思い出すシーンが結構あります(それって、名画だってことよ、と誰かが言うかも)。
そのような忘れがたいシーンのひとつ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲13番「グロス・フーガ」の初演の様子。
7楽章もある(それだけでも異色)この曲の6つめがグロス・フーガといわれる楽章です。天国的な調和とは全く対極にあるような曲で、前の楽章の美しくて静謐なハーモニーをあえて、かき乱さんばかりに、音と音が、荒れ狂います。映画の中では、演奏会の聴衆が次々と耐えられなくなって出て行く。最後にパトロンの大司教だけは残るのですが、「思ったより耳が悪いみたいだね」という捨て台詞を残して去っていく、、、。
いまやクラッシックでオーソドックスの代名詞のようなベートーヴェンですが、生きていたころは、最先端の前衛だったということがよく分かります。
ビニシウスとジョビンがボサノヴァを「発明」したときもひどい扱いだったそうですが、いまでは、多くの人を感動させる。
それまでにない新しいものを生みだす力、未来を予感した感性、古いものに飽き足りずこれを否定し挑戦する姿勢、即ち前衛こそが、新しい感動を作り出すためには不可欠なのだとおもいます。そして、新しい時代を切り開くためにもね。
ちょっと、説教臭くなりました。もうやめとこっと。
では、また☆


