2009年01月15日

劇評「トロイ戦争はおこらないだろう」

劇評「トロイ戦争はおこらないだろう」

La guerre de Troie n'aura pas lieu






ジロドゥ作 Jean Giraudoux


京都劇場で劇団四季の公演を見た。

脚本は、フランスの作家ジロドゥ。

書いたのは1937年。

まさに、第2次大戦前夜の頃。

外務官僚でもあったジロドゥは、対独関係の情報戦略に携わっていたこともあり、迫りくる戦争の気配を肌身に感じていたに違いない。

物語は、戦争が始まりそうな状況における「戦争を推進する人々」と「戦争に反対する人々」の攻防を描いている。







ユリスは、トロイと敵対するギリシャの将軍である。

知性と冷静さを兼ね備えた人物で、相手国と開戦をも辞さない一足触発の状況で、ぎりぎりの外交交渉(と国内交渉)を担当している。

一方、ギリシャの王妃エレーヌをはじめ、感情的で戦争を望むような人たち。

そのほか、トロイの王プリアモスに、戦争が不可避であることを告げ知らせる予言者カッサンドル。

地上で、人間たちが息詰まるような駆け引きを繰り広げる一方、天上では、平和の女神が苦悩を深める。

だが、登場人物は、もう一人、重要な存在がいるといっていいかもしれない。

それは、いうなれば「状況」(または情況)である。

複数の人々の思惑がぶつかることによって、独自の状況が生まれ、時としてそれが一人歩きをはじめ、誰もハンドリングできないままに、予想外の結果が生じてしまう。なんとか、ハンドリングしようとしてあがけばあがくほど、状況は対処不可能となり、最終的には、誰も望まない、誰にとっても不幸な事態に立ち至ってしまう。

こんなことは、私たちの日常でもよくあること。

事が、国家間の利害がぶつかり合う「外交」にかかわることになれば、当事者のせめぎ合いは、個人とは比較にならない熾烈なものとなるでしょう。
そして、一人歩きを始めた状況が行きつく先が「戦争」。

なんてことが、まさにジロドゥが、この戯曲を書いていた時の日常だったにちがいない。







この芝居の見せ場は、いくつかありますが、印象に残っているシーンはというと、、、。


、、、トロイ戦争が間一髪のところで回避され、激しい交渉を重ねてきたエクトルとユリスが、ほっとしながら語り合う。

エクトル「開戦を思いとどまったのはなぜだと思うか?」

ユリス「あなたの高貴さの故では?」

エクトル「そうではない。あなたの妻アンドロマケの瞬きの仕方が、私の妻のぺネロぺの瞬きの仕方とおなじだったからだ。」

しかし、この後、事態は急変。結局戦争がはじまってしまうのだ。







この芝居がフランスで初演された1950年代、芝居としては空前の動員を記録した程、評判になったようだ。

今回の劇団四季公演のパンフで、演出の浅利慶太が、その辺の事情を、北爆が開始されエスカレートしつつあったベトナム戦争との絡みで書いているが、同じようなきな臭い状況は、2009年の今日にも通じるものがあるのではないか?

1929年の世界恐慌に匹敵するともいわれるグローバルな同時不況が世界各国を襲い、一部の国々は急速に保護主義的な色彩の濃い政策を移し始めている。

去年の秋には、ロシアが、領土的野心をむき出しにしてグルジアに攻め込んだし、今年の冬は、ウクライナをはじめとする旧共産圏に対し、天然資源を武器に露骨に圧力をかけている。さらに、こうしているまさに今、パレスチナでは、「自衛のため」という常とう文句でイスラエルが大規模な攻撃作戦を国連はじめ国際世論など歯牙にもかけず強行している。

トロイ戦争前の状況は、まさに現代を舞台に移したものと言っていいだろう。

というトピックス性もあり、劇団四季の「トロイ戦争はおこらないだろう」は、まさに、いま、特別おすすめの舞台作品。

浅利慶太の演出、抽象と具象を巧みに組み合わせた舞台装置もよくできている。

さらに、劇団四季の俳優陣の熱演は、開幕後5分と経たず舞台に引き込まれてしまうほど。

翻訳もこなれていて、美しく聞きやすい日本語になっている。

久しぶりに演劇を見たが、「これからは、もっと芝居を見よう」と思わせてくれた舞台であった。

本当に素敵な女性に巡り合うことが難しいように、実際には、そんな気にさせる演劇には、なかなかお目にかからないのだけれど、、、。


by らいおんまる





  

Posted by らいおんまる at 19:15Comments(0)TrackBack(0)critic